PRアワードグランプリ「東北食べる通信」は、お風呂で生まれた?

赤い特攻服で「夜露死苦」

嶋:これは毎月出しているんですか?

坂本:はい、毎月発行です。毎月、このタブロイド判の雑誌とその月の厳選食材が「付録」で届く仕組みになっています。

創刊して2年3カ月。今年の9月で通算27号目を迎えた。

嶋:面白かった号はなんですか?

坂本:ワカメですかね。スーパーで売られているワカメって、すでにバラバラになっていますよね。でも「東北食べる通信」で送られてきたワカメは一本丸ごとで、とぐろを巻いて届いたんです。ひっぱると160センチ超あって……。その時はもう読者が1000人くらいいたんですけど、あらゆる家庭で、開けたら「わぁ!」ってなったと思いますよ。それを自分でさばくのが、また勉強になるんですよね。

嶋:編集コンセプトについて教えてください。

坂本:どう育てたか、よりも、その作り手が人として志があるか、面白いか、ということを重視しています。その上で食材のクオリティもきちんとしている、という皆さまを選んでいるんです。だから、毎月、編集長の髙橋さんが生産者の元を訪れて一緒に漁に出たりしています。

嶋:それはかなり生産者と密着しますね。テレビ朝日の『警視庁24時』みたいに、『生産者24時』体制で取材しているということですね。

坂本:そうです(笑)。単なる取材だけじゃなくて、どうやってその食材を配送するのかということまで一緒に相談しないとうまくいかないんですよ。だから、かなり綿密に話します。

嶋:取材して新たに気づく食材の魅力があるわけですよね。新発見も連続だと思うのですが、取材して面白かったエピソードはありますか?

坂本:僕は取材担当ではなく、東京で上がってきた原稿に対して赤入れをしているんですが、生産者が「人として面白い」ということは多々ありますね。

嶋:実際に作っている人のキャラクターが見えてくると、送られてくる食材を食べるとき、違いますよね。

坂本:そうなんです。僕も個人的に親しいのですが、いわき市の白石長利さんという野菜農家の方は、気合い入れる時に、特攻服ではないですが、いつも赤いつなぎを着るんですよ。昔はやんちゃだったんでしょうね。それで、「東北食べる通信」は食材と雑誌のほかに、特集された人々の手書きのメッセージが添えられて届くことが多いのですが、彼を特集した号の時は、彼の最後の締めの一言が「夜露死苦」だったんです。それがとても面白くて(笑)。雑誌のほうでは、白石さんが畑の前で、愛車のバイクを熱い眼差しで見つめる写真も掲載しました。そういうのを楽しみながら食べるっていうのがいいんですよね。

いわき市の野菜農家・白石長利さんを特集した2014年1月号。「東北食べる通信」は、毎号、写真やイラストをふんだんにつかって、魅せる誌面を展開する。

嶋:「夜露死苦」を噛みしめながら食べるって、すごくいいですね。リアルに生産者が伝わるというか……。都会の人って、農家の人はこんなイメージという固定観念を持ってしまいがちで、型にはめて考えがちだけど、かなりいろんなキャラの立った人がいるということですね。

坂本:届いた食材やそれを使った料理の写真を会員限定のSNSにあげることができるんですが、生産者もそのSNSを見ているので、「ありがとう」って、自然と交流が始まったりするのが面白いです。そこが普通のメディアよりも「深さ」が生まれているところかなって思っています。

嶋:本当の「パブリックリレーションズ」を実現していますね。PRってパブリシティを出すことが仕事だと思っている人も多いですが、パブリックリレーションズを形成するということが最大の目的。それによって世の中のパーセプション(認識)を変えていく。坂本さんの仕事は、生産者と消費者のリレーションをしっかり作っていてすてきです。それによって、農業や東北に対するパーセプションが変化するし。

それからPRの仕事って、自分だけで完結しない。さまざまなプレーヤーを巻き込んでいかなければなりません。その点でも、この仕事は「巻き込み力」の高さが半端ない。別の農家さんや漁師さんが、自分も参加したいと名乗りを上げてくる人もいるんじゃないですか?

坂本:そうですね、取材もしやすくなっているみたいです。

嶋:みんながハッピーになれるプラットフォームを作った、という感じですよね。継続して自走していくコンテンツを作るのはすごく難しいけど、「東北食べる通信」のすごいところは、みんなが喜ぶ仕組みになっていることですね。そうすると、どんどん自然と回っていきますからね。

坂本:そうなんです。今は東北だけではなく、北海道とか熊本とか、全国で創刊が始まっています。日本食べる通信リーグという社団法人も作っていて、そこに加盟すれば、同じプラットフォームで発刊できるという仕組みもあるので、今は準備中のものも含めると、日本全国で21誌くらいが立ち上がっています。

<後篇>に続く。

(聞き手:伊澤佑美)


坂本陽児(さかもと・ようじ)
電通iPR局 情報戦略プランニング部

媒体の種類にこだわらず、常に生活者へ最も効果的に届くアイデアを探し求めているコミュニケーション・デザイナー。世界初の「食べる」月刊情報誌「東北食べる通信」のコンセプト作りや、東北六魂祭の立ち上げ、ミドリムシを使ったバイオベンチャー企業・ユーグレナ社のトータルブランディングなどを担当。グッドデザイン賞金賞、スパイクス・アジアでゴールドほか受賞多数。今年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルではヘルスケア部門である「ライオンズヘルス」の審査員を務めた。

 

嶋浩一郎(しま・こういちろう)
博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター/編集者

93年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局配属。企業の情報戦略、黎明期の企業ウェブサイトの編集に関わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクター。02年~04年博報堂刊行「広告編集長」。04年本屋大賞立ち上げに関わる。現NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立、代表に。09年から地域ニュース配信サイト「赤坂経済新聞」編集長。11年からカルチャー誌「ケトル」編集長。2012年下北沢に書店B&Bをヌマブックス内沼晋太郎氏と開業。11年、13年、15年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルの審査員も務める。

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