又吉直樹『火花』をめぐる編集者たち——森山裕之 × 九龍ジョー × 浅井茉莉子【前編】

衝撃的だった又吉直樹の文才

森山:今日このイベントで何を話そうかと考えていたら、又吉くんへの想いがどんどんあふれてきてしまって、気づいたらノート4ページ分ぐらい書いてしまっていた(笑)。

僕自身の話になりますが、もともと文芸編集者になりたかったんですけど、新卒のときに就職に失敗して出版社に入れなかったんです。そして印刷会社に入社して、大手出版社の純文学の部署の担当になった。毎日毎日、文芸の部署に営業というか、ただ挨拶をしに行くんですけど、だいたい冷たくされるんですよね。仕事もないのに忙しいときに挨拶に来られてもまぁ迷惑だったなと。僕は当時、とにかく仕事の空き時間には本を読んでいて、純文学を中心に真剣に文学と向き合っていた。だから「俺の方が絶対文学のことを考えている」と本気で思っていたんです。

その後フリーライターを経て、雑誌『クイック・ジャパン』の編集者になるんですが、その頃はゼロ年代初頭でテレビ番組『はねるのトびら』が人気だったり、お笑いブーム真っ盛りだった。お笑いの特集を頻繁に組んでいたことで縁ができ、2008年によしもとクリエイティブ・エージェンシーに入社して、それから又吉くんの文章に出会いました。

九龍:僕は2007年に雑誌『hon-nin』で最初にコラムを頼んで、その後、毎号原稿を依頼するようになるんですけど、最近読み返してみたら、最初にもらった短いコラムがすでに『火花』のテーマを含んでいて、びっくりしたんですよ。テーマが「生き地獄」なんですが、「僕が選んだのはあのときの生き地獄を永遠と再現し続ける芸人の世界。そんな地獄をときに極楽と感じる今の僕は踊る阿呆か」とあって。あぁ、この人は最初から作家だったなと思いました。

森山:僕も又吉直樹の文章に出会ったときは、もう「これだ!」と思った。『クイック・ジャパン』でお笑いの特集を「これがいまカルチャーとして一番強いもので、これこそがいま文学より文学的なものだ」と思いながらつくっていたんです。だから、又吉くんの文章を読んだとき、自分の中にあった文学への思いとお笑いへの思いが全部つながった。本当に衝撃でした。2009年に『マンスリーよしもと』の編集長として雑誌をリニューアルすることになり、すぐに又吉くんに会いに行きました。そして「いま、すべての書き手のなかで一番好きです」と伝えたんです。もう告白ですね(笑)。それから雑誌で「東京百景」の連載を始めてもらいました。浅井さんは又吉くんのどんな文章を読んでいたんですか?

浅井:文学フリマでお会いしたことをきっかけに、本や、当時書かれていた雑誌のバックナンバーを読んでみたりしました。又吉さんの書いているものって、エッセイの枠におさまらないんですよね。だから小説を書いたらどんなものになるんだろうと、興味を持ちました。

次ページ 「今回の芥川受賞で」へ続く

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