九龍:今回の芥川受賞で「芸人で作家っていうのが云々」みたいな議論がちょっとありますよね。過去の受賞者には「ミュージシャンで作家」という人はすでに何人かいますけど、ミュージシャンだと、もはやそこは問題にならない。でも「芸人」だと言われる。先ほど、森山さんが2000年以降のお笑いブームの話をされましたけど、ここ十数年、お笑いの世界ぐらい発想や言語センスをめぐって熾烈なコンペティションが行われてきたジャンルもないわけですよ。しかも彼らは「お茶の間」というポピュラリティも獲得しなきゃいけない。それは『火花』の中でも描かれていることですよね。そう考えたら、むしろ芸人と優れた作家を兼ねる人なんて出てきて不思議じゃないんです。
実際、劇団ひとりの『陰日向に咲く』も傑作だったし、千原ジュニアの『14歳』だって純文学としてもっと評価されてもおかしくなかった。ただ、その一方で才能のある芸人ほど忙しいし、執筆、それも小説となると、時間を割くのが難しいという現実もあって。だから、浅井さんにように、ぐっと距離を詰めて、執筆に向かわせる編集者っていうのが本当に貴重なんですよ。
浅井:純文学とジャンル分けして語るのは難しいですが、文体や形式を含め、自由度が高い分野ではあります。ただ一方で、難しくて読みにくいと思われている側面もありますよね。又吉さんは“読者に届ける”ということをすごく意識されていて、『火花』についても「これは難しいんじゃないか」とか「もっと多くの人に受け入れられるように書きたい」とおっしゃっていました。作品をつくるうえで重要なことですが、その意識は新鮮でした。『文學界』は月に公称1万部を発行しているんですが、それぐらいの人に受け入れられればいいと、こちら側で勝手に決め付けてしまっていた部分もあるなと。
九龍:なにより又吉くんの良さは、 読書をする人である、というところでもありますよね。天才はともかく、やっぱり小説は、読まない人には書けない。
浅井:そうですね。『火花』は又吉さんが書き手としても読み手としても積み上げてきたものの、一つの成果だと思います。最初から「傑作ができるぞ!」とは思っていたわけではないですし、どちらかというと「書いてくださるなら、ぜひぜひ」という感じでした。というのも、小説は誰が書いたものでも、いただくまでは良い作品なのかどうかはわかりません。編集者にも人それぞれのスタンスがあると思いますが、わたしは常に受け手でしかない。受け取った原稿が最初から素晴らしかったら嬉しいですし、イメージに及んでいるものではなかったら一緒に磨いていきましょうと。
「最初は又吉さんに書くことを断わられるはずだった」など、後編は明日公開予定です。
※『編集会議』2015年秋号では、『火花』編集担当の浅井茉莉子さんインタビュー「『火花』誕生までの舞台裏」を掲載しています!
『編集会議』2015年秋号
9月16日発売 定価1300円
事前予約もいただけます。
特集「新時代に求められる“編集2.0”」
「良いものをつくれば売れる(読まれる)」という時代が終わり、読者・ユーザーに「どう届けるか」という“コミュニケーションを編集する力”が問われるなか、編集にはどのようなアップデートが求められているのか。編集を再定義しようとする考え方や取り組みを通じて、これからの編集のあり方について考える。
・KADOKAWA×宝島社×LINE「新時代の編集者の採用基準」
・オンラインサロンに見る、体験をサービスとして設計する編集力
・若手編集者が語る1.0→2.0の間
特集「コンテンツマーケティングを生かすオウンドメディア戦略」
—100社に聞く オウンドメディア運用の実態
—あのオウンドメディアの“中の人"の運用術 他
特集「本の最前線はいま 書店会議」
—出版界の勢力関係を解き明かす 出版界カオスマップ
連載「書く仕事で生きていく」
—スポーツライター 木崎伸也「本田圭佑の取材秘話」他
森山裕之(もりやま・ひろゆき)
編集者、ライター。
印刷会社の営業マンを経てフリーライターとして活動し、雑誌『クイック・ジャパン』、『マンスリーよしもとPLUS』の編集長を務める。又吉直樹のエッセイ集『東京百景』の編集を担当。
九龍ジョー(くーろん・じょー)
ライター、編集者。
編集した単行本多数。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)、『遊びつかれた朝に——10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン/磯部涼との共著)など。