【前回のコラム】5限目「先生!広報がうまくいっている大学と、うまくいっていない大学との違いはなんですか?」「大学のイメージ作りはどうやってやるんですか?」はこちら
- 芸術大で「ソーシャルデザイン」を教える意義とは?
- 企業が芸術大学とコラボレートするメリット、3つの理由
- 東北で黙々とアート&デザインを学ぶ、学生たちの「独自性」
- アート&デザイン、マーケティングの教養は一体化の流れに
前回に引き続き大学広報について書きたい。
私が教鞭を執る東北芸術工科大学は、1991年に開学した東北地方随一の4年生の総合芸術大学だ。芸術学部には文芸、美術(日本画、洋画、版画、彫刻…)の他、文化財保存修復、歴史遺産学を専門に学ぶ学科もある。また、デザイン工学部では映像、グラフィック、プロダクトデザイン、建築・環境デザインに加え、地域をプロデュースするコミュニティデザイン学科や、日本で唯一の「企画」を専門に学ぶ企画構想学科がある。
大学での「学び」は、必ずしも(狭義における)「アート&デザイン」に限らない。オリジナル作品(アート)を制作・発表するという意味での「アート&デザイン」を、必ずしもすべての学生が目指しているわけではない。この点に総合芸術大学としてのブランディングの難しさがある。
芸術大で「ソーシャルデザイン」を教える意義とは
日本における「アート&デザイン」とは、一般的には「制作物」として具現化(可視化)される「作品」を制作することだと長い間みなされてきた。例えば、絵画を描く。彫刻を彫る。工芸品を創る。ロゴをデザインする。ポスター制作を行う。一方で、本来こうした活動は「アート&デザイン」の狭義の意味に過ぎない。本来「アート&デザイン」という言葉はもう少し広い意味を持っている。
例えば、私が受け持った「ソーシャルデザイン」の講座においては「デザイン」は「社会全体を(より良く)デザインすること」と学生たちには教えた。世の中にある不便(ストレス)を解消し、よりよい社会を作るための「つながり」をデザインすること。税金や補助金を使って公共サービスを行うだけではなく、行政や民間企業と連携することにより継続して運営が行われていく「仕組み」をデザインすること。ボランティアの力が必要な場合もあるが、ボランティアの力に頼るだけでは十分に継続できない場合もある。また単発のイベントを企画しても課題が解決されないこともある。
どこから費用を集めるのか。誰が意思決定を行うのか。どのように予算を執行し、どういう人々の力を借りて、今後も継続していくのか。宣伝広報をして広めていくにはどうするのか。そして多くの人に伝える表現手段としてロゴやパンフレットやキャッチコピーなどで具現化(狭義のデザイン)し、幅広く愛されるように展開していく。課題解決のための活動全体のことを(広義の)「デザイン」と呼ぶ場合もある。
企業が芸術大学とコラボレートするメリット、3つの理由
前回のコラムでは、大学の「強み」でもあり「売り」である「産学共同プロジェクト」を紹介させてもらった。いずれの事例も大学が得意とする「アート&デザイン」のノウハウを提供しているだけではない。いずれも、企業や社会が課題として抱えている「人の役に立つ(社会の不便を解決する)商品・サービス」が解決するべきテーマとなっている。
私は同大学での教鞭を執ると同時に、企業のマーケティング(宣伝広報)活動の支援も行っているが、企業の視点からも、自社が商品・サービスを開発・販売する上で、芸術大学とコラボレートすることには非常にメリットがある。
それは以下の3つの理由からだ。
1つは自社商品の「差別化」のためである。商品仕様(スペック)や宣伝広告の奇抜さなどにより自社商品を差別化することが困難な時代になってからすでに久しく経った。昭和の時代には新商品の市場投入自体が顧客にとって魅力であり、十分な魅力のあった高機能・多機能の製品などは、現在では常用品(コモディティ)となり低価格競争に晒されている。
例えば、あまり代わり映えしない「同スペック」「同価格」の商品が店頭で並んで売られていたとする(極論の例えだが、現にこうした市場は多い)。この時、それでも「差別化」を試みて顧客に「選ばれたい」と思うならば、私だったら何らかの形で「アート&デザイン」のチカラを突破口として商品企画を考える。
2つ目の理由は商品の「話題性」である。「アート&デザイン」による差別化をもっても、もはや十分に競合商品との間に優位性を示せない場合もある。
例えばスマホのカバーを想像してみる。ありとあらゆるデザイン、材質、形体のカバーが機種ごとに、同じような価格で家電量販店には大量に並んでいる。ネットショップも入れたならば、一体どれだけのスマホカバーが市場にあふれていることだろう。これだけスマホが普及し、買い替え需要もあるわけなので、全国的にはかなりカバーの需要もあることは確かだ。
しかし、それ以上に多種多様の在庫があり私には飽和状態に思える。商品価格を極力下げないで、こうした商品を販売したいと考えるならば、商品に「話題性」が欠かせない。私がこうした商品の担当者であれば、販売網の拡大とは別に、「アート&デザイン」✕「話題性」という切り口で、何らかの突破口を探ることだろう。その手法は様々であるが。
3つめは「カスタマーインサイト」である。「大学(生)との共同開発」といっても、主たる開発は当然企業である。しかし、企業側は大学(生)との共同開発の過程において思いもよらなかった「気づき」を得ることだろう。この「気づき」を得られるかどうか。この「気づき」を企業にとって価値のあるものだと思っていただけるかどうか。この点は今後の産学協同事業の課題となるだろう。
ささやかな事例を紹介したい。毎週いくつもの企業の会議に出席している。会議の後に、会議の議事録が送られてくる。大抵はワードのファイルでテキストの箇条書きだ。これはこれで全く問題ないのだが、ここ東北芸術工科大学内で広報部門の会議の後に送られてくる議事録は、文字は最小限だが、図や表が多くて実に見やすい。内部資料なのでお見せできないのが残念なくらいだが、内容もしっかり把握した上でポイントが可視化されている。
確かに議事録というのはすでに話し合った内容を振り返るものなのだから、国会の議事録などとは違い企業の企画会議の場合は一語一句、正確である必要はない。参加しなかった人も含め「ひと目」で理解できる(思い出せる)ことが重要だ。私自身はまずこうした「気付き」を会議初日に得ることができた。あとはこうした「気付き」を自分が活かせるかどうかの問題だ。