広告業界外とのコラボレーションが急務
いま、クリエイティブ領域においては多様なカテゴリーが収斂し、互いの境目がなくなりつつあるとMyhren氏は指摘する。
これまで宣伝・広告は、さまざまなカルチャーとは一線を画す立ち位置をとってきたが、今後は多様なカテゴリーのクリエイティブを理解し、それらと融合しながら新しいアイデアを生み出す必要が出てきている。同氏は、今後注目すべき領域・テーマとして、(1)ハリウッド、(2)シリコンバレー、(3)音楽、(4)スポーツ、(5)ゲーム、(6)インターネット・ミーム(インターネットを通じて爆発的に広がり、進化していく情報)、(7)Kim Kardashian’s ass(“お騒がせセレブ”のキム・カーダシアンが、ファッションカルチャー誌『Paper』の表紙を、チャームポイントであるヒップを強調した写真で飾った)の7つを挙げ、これらの領域とコラボレーションする必要性を指摘した。
「キム・カーダシアンの写真は、直近12カ月の間に、世界中で最もシェアされた写真です。また、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の認知向上を目指した『アイス・バケツ・チャレンジ』はネット上で瞬く間に広がり、世界的な“社会現象”にまで発展しました。従来のアドとは比べ物にならない規模とスピードで拡散し、多くの人々からの注目・支持を集めたこうしたクリエイティビティには、学ぶところが多いと感じています。これらの領域から新しい人材を獲得することも重要ですが、社内のクリエイティブ人材にも、こうした領域に関心を持ち、積極的に触れてもらいたいと話しています。さもなければ、我々は今後、『アド』という小さな島の中で生きていくしかなくなってしまいますから」。
エージェンシーの未来は、アドではない
優秀な人材の獲得について、Myhren氏は「最大の脅威は、才能ある若い世代。こうした人材がテクノロジー企業に流れたり、あるいは自ら起業して、広告界に入ってこなくなりつつあることに強い危機感を覚えています」と話す。
今後エージェンシーは、従来の「アド」という形に捉われず、子どもたちがこの業界に興味を持ち、この業界に関わりたいと思えるような、世界を変える斬新なアイデアを生み出さなければならないと強調した。
GREYの近年の仕事にも、従来のアドとは異なる形式をとりながら、世界的に高い評価を受けた施策が多くある。
アメリカ人の約60%が「銃は、命の危険から自分を守ってくれる」と考える中、銃の危険性をいま一度伝えることを目的に実施したキャンペーン。ニューヨーク州マンハッタンのダウンタウンに2日間限定で銃の販売店をオープン、来店した人に、店頭に並ぶ何百丁もの銃の背景にあるおぞましい/悲しいストーリーを聞かせたところ、80%の人が銃の購入を思いとどまった。カンヌライオンズ2015では、PR/アウトドア/ブランデッドコンテンツ部門のゴールドを含め、14のライオンを獲得した。
ボルボのセーフティ&ドライバーサポート機能「IntelliSafe」を備えた車種「XC90」の発売に合わせて実施した施策。夜間の自転車交通事故を減らすために、英国ロンドンの自転車店で反射塗料スプレー「Life Paint」を販売した。
「2020年までに、ボルボ車が関わる交通事故の死傷者をゼロにする」という目標を掲げる同ブランドのメッセージを、自動車ユーザー以外にまで拡大して伝えた。カンヌライオンズ2015では、プロモ&アクティベーション部門およびデザイン部門でグランプリを受賞した。
斬新なアイデアを、これまでにない形で具現化することが、エージェンシーにとって重要であることは言うまでもない。それに加え、その施策が広く世の中で知られること、また手がけた企業がどこかであるかを知られることが、優秀な人材の獲得という視点においては不可欠だ。
いま、エージェンシーの「レピュテーション・マネジメント」(消費者や社会からの「評判、風評」を自社の資産として管理し、企業価値を向上させること)の重要性が増しているのである。
創業以来、GREYが重視してきた価値観に「Famously Effective」というものがある。これはエージェンシーとして、施策の「効果・成果」を追求することはもちろん、その施策を「広く知られた」「有名な」ものとすることを重視する考え方だ。
「家庭の食卓で会話にのぼる、ブログで言及される、SNS上で話題になる…。『こういうアイデアを実現できるエージェンシーである』と、世間一般から知られることが、エージェンシーにとって非常に重要なことだと考えています」とMyhren氏は話す。
こうした中、GREYではあらゆる施策において、クリエイティブ部門とPR部門が密に連携し、PRチャネルの活用を強化しているという。
Myhren氏は「PRチームをエージェンシーの中に持つのも重要ですし、社外のPRエージェンシーと組むことも必要です。社内チームはつい業界内のチャネルにフォーカスしがちですが、社外チームは広く一般メディアも視野に入れた戦略を構築し、広くパブリシティを得られます。キャンペーンをローンチした後ではニュース性が薄れ、メディアでの露出は望めません。いかに、ローンチ前にPR人材を巻き込んで、アイデアを出してもらうかが、今後はますます大切になってくるのではないでしょうか」と話した。