目指すは、ブランドパーソナリティの確立
それを体現している代表的な例が、先にも挙げた、Geicoのコミュニケーション活動だ。The Martin AgencyとGeicoのパートナーシップは21年間という長きにわたる。
その秘訣を聞くと、(1)互いへの信頼、(2)小さいことを気にしすぎない、(3)双方のメンバー全員が自由に発言できる環境をつくる、(4)特定のチャネルに捉われず、広告の枠組みを超えた取り組みも視野に入れる、(5)とにかく楽しむ の5つを挙げる。「プロジェクトを通じて、ともに成長することを目指してきました。それが実現できていることが大変誇らしい」とアカウントディレクターのBrad Higdon氏は話す。
Geico「Spoiler: Maxwell the Pig」
両社が初めてパートナーシップを組んだ頃、世の中における「自動車保険」は、人々にとって身近なトピックとは言えなかった。他社の広告で専ら使われる表現は「守る」で、決して、人々を楽しい気分にしたり、それについて友人と話したいと思われるような存在ではなかったのだ。
しかし、それがGeicoの差別化のための重要なヒントになったという。自動車保険は基本的に、消費者と保険会社との間に代理店が入って一連のやりとりを行うが、Geicoは消費者との直接接点を持っていたのだ。
「ビジネスモデルだけでなく、コミュニケーションにおいても、Geicoは他社とは全く異なるアプローチをとれるのではないかと考えました」とHigdon氏。そうして生まれたのが、マスコットキャラクターのヤモリ「Gecko」だった。
以降、Geicoのコミュニケーション活動には、GeckoやMaxwell the Pig(豚のマックスウェル)が登場するのが定番となった。
「ブランドパーソナリティを確立し、侵透させることは、ビジネスにおける競争力になります。自動車保険という商品自体はコモディティですから、一つひとつの顧客接点でGeicoというブランドのキャラクター性を感じてもらえるようなユーモアのある表現を大事にし、あらゆるプラットフォームで一貫したブランドエクスペリエンスを提供したいと考えました。新しく、かつ他社よりも面白いコンテンツを常に発信し続ける。それがGeicoらしさです」。
テレビCMやWeb広告以外の、例えばアクティベーションやスポーツパートナーシップに関する領域は、The Martin Agencyとは別のエージェンシーが担当している。あらゆる顧客接点におけるイメージやトーンを統一するために、The Martin Agencyがリードエージェンシーとして統率をとっている。
Geico『Unskippable』
カンヌライオンズ2015 フィルム部門グランプリを獲得した、YouTubeプレロール用の動画広告。CMが始まると早々に「このCMはスキップできません。なぜなら、もう終わってしまったのですから…」とのナレーションが。CMが終わったかのようにピクリとも動かない役者たちだが、よく見るとCMは続いている。5秒経たないとスキップできないプレロール広告の仕組みを逆手にとったアイデア。
Geckoを使った広告と、先の「Unskippable」とでは、トーン&マナーが異なるようにも見えるが、こうした複数のストーリーを同時並行で展開することは、戦略上、非常に有効なのだとHigdon氏は話す。
「消費者の嗜好も行動パターンも多様化する中、さまざまなトーン・内容のコンテンツをつくるのは自然の流れ。Geicoのキャラクターがブレなければ、表現自体は多様なものがあって良いと考えています」。
ファクトを基にしながら、これまでにないアイデアを考えることも有効だという。「Unskippable」は、「消費者の96%が、一度見たことがある広告をもう一度見るのは嫌だと回答している」というデータを逆手にとり、「誰もが嫌がるプレロール広告を、ポピュラーな存在に変えよう!」という発想で企画制作されたものだ。
結果、「Unskippable」の平均再生時間は46秒、能動的にアクセスする人も多かったという。カンヌライオンズのほか、D&AD賞やクリオ賞など各賞も受賞した。
これらの成功により、Geicoは年間メディア予算を大幅に増やすことを決めたという。GeicoとThe Martin Agencyとの契約は、成果報酬制。ガイコの成功は、The Martin Agencyの成功でもある。
リスクを共有し、成果が出なければ報酬が減る。プロジェクトを純粋に楽しみながらも、そうした適度な緊張感がある環境が、長期的なパートナーシップと着実な成果につながっているのではないだろうか。