デジタルにおいて消失するビジネス領域の境界
デジタルテクノロジーは、生活者に多くの新しい体験をもたらしました。その結果、特に旧来のビジネス領域の区別がすでに通用しなくなっているということを感じます。それは、単に「市場が分散している」「混乱している」という意味ではなく、イノベーションによってこれまでの境界が崩れ、競争のフレーム自体が変わっているという実感です。
たとえば、「Owned(所有する)メディア」や「Earned(稼ぐ)メディア」が生まれ、ブランドと消費者が直接対話するようになりました。その結果、キャンペーンは以前のように既存の広告枠に広告を一斉に流すような単純なモデルではなくなっています。
また、商品の購買に関わる「ショッピング体験」と「配送のような顧客サービス」の区別は、アマゾンでは一体化しています。アマゾンは旧来の常識では流通やEC事業者ですが、彼らが最近スタートした「プライム・ビデオ」や「Amazon Fire TV」は、流通が独自で展開するプライベートブランド製品と呼ぶべきものとは様相を異にしています。
このような景色は、クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」として既に指摘していることです。イノベーションがもたらす「破壊的テクノロジー」は、必ずしも業界内の新興勢力によって起こされるだけではありません。すでに十分に成熟した企業や産業同士がビジネスを拡大するなかでも起こります。
さらに例を挙げれば、これまでのオフラインの世界で新規の顧客獲得のためにはトラフィック(人通り)の良い場所に店舗を出すことでしたが、デジタルの世界ではアップルの「App Store」やグーグルの「Play」のようなアプリケーション(プラットフォーム)上でNo.1になることです。これは競争のルールが変わっただけでなく、どんなブランドも同じマーケットプレイス上に置かれてしまうということを意味しています。
また、仮に運よく顧客のスマートフォンにブランドのアプリをダウンロードしてもらっても、そのアイコンをタップして時間を使ってもらえなければ、ほとんど意味がないということでもあります。
デジタル上の競争は、オフラインの店舗と違って、ちょっと見かけたらフラっと立ち寄るような偶然的な行動はあまり期待できません。特定の目的や意識に沿ったブランドの価値がない限りは、顧客は自分のブランドに関心を寄せ、時間を使ってくれないのです。これはオイシックス(元良品計画)の奥谷孝司さんがよく話していたことですが、デジタルの世界の競争はつまるところ「顧客の時間の奪い合い」に向かって行きます。