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「業界最前線の方のお話を聞けるというので、僕らみんな盛り上がってます」――中小企業基盤整備機構・四国本部の秋庭淳志さんの笑顔をよそに、さっきから僕はいやな汗をかいている。認定事業者向けセミナーで、僕はブランディングについてレクチャーをすることになっていた。
日本にある386万社の企業のうち385万社、99.7%は中小企業だ。機構は地域の中小事業者の支援として、専門家派遣やこうした勉強会を主催している。僕がその仕事を本格的に手伝い始めたのは2012年。東京に集積されたビジネスのノウハウを還元することが地域経済をめぐる議論を健全化すると考えて、年間労働時間の5%を支援アドバイザーの仕事にあてることにしたのだ。
ところがいざ始めてみると、これまでの相手とはひどく勝手が違う。そのことを実感するにつれ、僕は次第に緊張と焦りを強めていた。なにせ“言葉”が通じない。紹介されたある事業者は、ちょっとしたアイデア商品がネタとしてメディアに取り上げられ、話題になったことでブランド化に成功したと自負していた。
その発想や技術はユニークだが、「話題になった=ブランド化に成功」というのは誤解である。そうした違和感を、専門用語も概念も知らない事業者にうまく伝えなければならない。秋庭さんのみなぎる期待を感じて、僕は虫かごのカブトムシのような気分になり、深呼吸して覚悟を決めた。これは腰を据えてやらなければ。
地域経済の世界では、「ブランド化」という言葉に、どこか魔法のキーワードのような夢見る期待感があって、そのニュアンスは僕らの理解と微妙にずれている。セミナー受講者に「御社のブランド名は何ですか?」と尋ねると、照れ笑いを浮かべながら、「いえそんな、ブランドなんて呼べるほどのものはありません」と言う。OEM専業かというとそうではなくて、これはつまり謙遜だ。ブランド=立派な商品や企業に与えられる称号、と捉えているのだ。しかし世の中にはマイナス価値のブランドというものも存在するのである。
ブランドとは、モノを区分する呼び名ではなく、その価値が高いか低いかという評価のことである。ある名前が誰かの頭の中に特定の価値を呼び起こすとき、そのイメージこそがブランドの正体だ。そのときイメージされる価値をより高く・強くすることがブランド化で、それが顧客の頭の中にしっかり根を下ろした状態が「ブランド化の成功」と評価される。その効果はヒット一発の大きさではなく、顧客との長続きする関係として現れる。ブランディングは中小企業にビジネスの安定的な基盤をもたらし得るものなのだ。
一方で、商品に立派な外見を与えればブランド化できるという発想も困ったものだ。原因と結果が逆なのだが、この誤解を背景に、凝ったネーミング・おしゃれなロゴ・グラフィックアイコン、のお仕着せ3点セットで“ブランドっぽく見せる”デザインが横行している。人々の眼に見えるのはブランドの目印であって、それは独自の「らしさ」が表現されたものであるべきだ。製品の独自の魅力がイメージされるからこそ、かじりかけのリンゴが立派に見えるのである。
「1/385万の事業者がそれぞれ、誰をどう幸せにできるのか。その独自の価値を見えるようにすることが僕らの挑戦ですね」。そう言うと秋庭さんは笑顔を引っ込めてうなづいた。こうして、ブランドをめぐる僕らの冒険は始まったのだ。
吉田 透(よしだ・とおる)
ネイキッド・コミュニケーションズ クリエイティブ・ストラテジスト
1985年博報堂入社。2003年ワイデン&ケネディへ移籍。2012年2月より現職。これまでにNIKE、Google、Levi’s、ワコール、Honda、ロッテ、味の素、サッポロビール、イトーヨーカ堂、日本コカ・コーラ、JAXAなど、200以上のブランドの商品開発、広告販促企画、事業計画に携わる。中小企業基盤整備機構地域活性化支援アドバイザー。
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