「マーケターの認識」と「消費者の行動」の違い
まずは3つの軸の一つ、「データ」について見ていきます。ここで言うデータとは「顧客データ」のことを指しますが、今日の環境では改めて「顧客」、「データ」2つの言葉の定義について見なおしていく必要が生まれています。
まずは「顧客」の概念の変化から説明していきます。わかりやすいのが以前からある「CRM」という概念の変化です。高度経済成長期を経て、新規獲得から既存顧客との関係強化の重要性が叫ばれる中、日本でも1990年代後半から、CRMを導入する企業が増えてきました。
当時、私はCRMのプロフェッショナルとして、テクノロジーを活用した企業と顧客の関係性の変革に関わっていました。CRMとは、「顧客との関係性をより親密かつ継続的に維持するべくマネジメントすることで、顧客満足を向上させ、顧客ロイヤルティを高め、中長期視点で収益の最大化を実現する」という手法のことです。CRMソリューションは、この考え方に基づき、既存顧客を対象に、属性や購買履歴、問い合わせ履歴などをデータとして収集・解析するためのシステムになります。
多くの企業は、CRMソリューションの導入によって、定量データに基づく科学的なアプローチから顧客ニーズを把握し、カスタマイズやパーソナライゼーションのような個別のニーズへの対応や、新たな市場ニーズの発見につなげようと考えていました。
しかし、当時のCRMはある意味「静的」なシステムだったと言えます。担当するのは社内の情報システム部門。時に数千万円単位の設備投資をして導入する企業の情報インフラの中でも、基幹系システムの部類に属し、かつあくまでデータの蓄積と分析が主軸になっていたからです。
一方で昨今は、消費者とのデジタル接点が拡大する中で、たとえばWebサイトのアクセスログなど、生活者が意識せずに残す行動履歴に関するさまざまな情報を企業が入手することが可能になっています。
これらのデータが取り込めるようになったことで、従来のCRMが「既存顧客」だけを対象としていたのと異なり、新時代のCRMでは「潜在顧客」をも対象とできるようになっています。資料を請求する、商品を購入するなど、何らかの企業に対するアプローチがあり、個人情報を取得している既存顧客以外の、企業のサイトを訪問した人、商品名で検索した人、SNS上の公式アカウントをフォローしてくれている人など、今後顧客になりうる可能性のある人もデータ内に取り込めることも大きな変化と言えます。
このCRMの変化で説明したように、企業と顧客間のタッチポイントがデジタル化するにつれて、「顧客」という概念も再定義する必要があるのです。
課題となるのは、オンラインとオフラインの接点が混在したことで、情報収集から購買に至るまでの「カスタマージャーニー」が描きづらくなっていることです。
この図のように、マーケターの頭の中では、おそらくオンラインとオフラインの接点が別々に捉えられていることが多いと思いますが、実際の消費者の行動は上図のようにオンラインとオフラインの接点がパッチワーク状に組み合わされています。
それゆえ、さまざまなチャネルから得られるデータの統合を通じて「顧客」さらには「個客」を知ることが、エクスペリエンス提供に際して、より重要になっています。
しかしながら顧客データを収集・統合しただけでは、購買行動プロセスが複雑化した今の時代、「個客」を理解することまではできず、データに基づく分析・解析が必要とされています。顧客の概念は広がり、加えて顧客データも「個客」を理解できるような緻密さが求められていますし、その点から冒頭で説明したような「顧客」「顧客データ」の再定義が必要なのです。
【次回】
「カオス化する消費者行動が「オムニチャネル」を生んだ<デジタル・シフトVol.3>」はこちら
田島 学 氏(たじま・まなぶ)
アンダーワークス 代表取締役社長
早稲田大学政治経済学部卒。南カリフォルニア大学留学。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)にて大手企業Web CRM戦略立案、Webを利用したロジスティックス改善プロジェクト、ダイレクトチャネル戦略立案等に従事。セキュリティ認証事業ベンチャーの立ち上げを経て、アクセンチュアとソフトバンクのジョイントベンチャーであるイーエントリーにて、海外IT企業の日本市場進出コンサルティングを行う。2004年よりコンサルタントとして独立、多くのWebサイト調査分析/戦略立案/構築プロジェクトに参画。2006年4月、アンダーワークスを創業。