株式会社宣伝会議は、月刊『宣伝会議』60周年を記念し、2014年11月にマーケティングの専門誌『100万社のマーケティング』を刊行しました。「デジタル時代の企業と消費者、そして社会の新しい関係づくりを考える」をコンセプトに、理論とケースの2つの柱で企業の規模に関わらず、取り入れられるマーケティング実践の方法論を紹介していく専門誌です。記事の一部は、「アドタイ」でも紹介していきます。
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関口 剛
カナエル 代表取締役社長
神奈川県旭区出身。東京大学医学部健康総合科学科卒業。2010年8月に父(現会長)から会社を引き継ぎ、代表取締役に就任。2013年10月、業界に先駆けてLPガスの価格を公開。料金を公開し、消費者に選ばれるLPガスを目指したビジネスモデルが2014年度グッドデザイン賞(ビジネスモデル部門)を受賞。LPガスの価値を消費者に広めていくためのブランディングに取り組む。
ビジネスアイデアのヒントは「解約通知」
日本の全世帯の約43%、2400万世帯がエネルギー源として利用しているLPガス(液化石油ガス)。カナエルは神奈川県横浜市に本社を置き、1965年(当時は神奈川エルピーガス)から半世紀にわたって、神奈川県全域と東京都町田市でLPガスを一般家庭を中心に供給・販売してきた。
「創業は高度経済成長期のさなか。次々と住宅が建つ中、いくつかの建築会社とつながってさえいれば、自然と事業規模が拡大し、会社として成長できる時代でした」と関口剛社長は話す。ところがバブル景気が過ぎ去ると、カナエルを待ち受けていたのは熾烈な顧客の争奪戦だった。値下げに次ぐ値下げを重ねることで、顧客を引き止めることの繰り返しで、事業成長は頭打ちに。さらに、先代から会社を継ぎ、社長に就任する前年に事件が起きた。
「取引先の周りで起こったトラブルに当社も巻き込まれてしまい、それが原因でお客さまからの解約通知が次々と届くように。それ以前から、不透明な料金体系や、その場しのぎのクレーム対応など、お客さまが離れる原因は分かっていたものの、それに正面から向き合うことなく、やり過ごしてきたという状況でした。このままではいけない、顧客との信頼関係をつくり直さなければと、ゼロからスタートすることを決意しました。必要に迫られた改革でしたね」と関口社長は話す。
エネルギー業界にもマーケティングを
電力市場の自由化が来春に迫っており、その1年後の2017年には都市ガス小売りの全面自由化が予定されている。電力会社とガス会社にも、競争原理が持ち込まれることになる。
一方でLPガスはもともと規制対象になっておらず、これまでも供給側が自由に価格を設定してきた。さらに、多くのガス会社・販売店はガス料金を公開しておらず、同一の会社でも顧客によって料金が安価だったり、逆に高値だったりすることが珍しくない。例えば新築アパートが建つと、大家との間に、全室の給湯器を無料で提供する代わりにガス代金を部屋の借り主に負担させる契約を結ぶこともあるなど、料金体系は極めて不透明。そのため消費者の間では「LPガスは高い」という漠然としたイメージがついてまわり、持ち家を建てる際にはオール電化を選択するなど、悪循環が生まれていた。高度成長期以降の価格競争による疲弊だけでなく、消費者サイドの“LPガス離れ”も、業界では深刻な問題となっていたのだ。「適正なガス価格を調べることも、会社ごとに比べることもできないため、消費者は知らないうちに損をしているケースも多い。電気・都市ガスの小売り自由化により競争がますます激しくなる中、今後も事業を継続していくためには、エネルギー供給会社としてお客さまに理解・信頼されることが何より重要だと考えるようになりました」。
エネルギー業界にもマーケティングが必要な時代が到来している。そこへ対応することの必要性にいち早く気づいたカナエルは、大胆なリブランディングに着手した。
まず、ガス料金の透明化を実現。契約者によってバラバラで不透明だった料金を統一し、Webサイトで公開するべく、準備を進めた。「LPガスは輸入商材ですから、冬場の仕入れ値の振れ幅が大きい。そのタイミングに合わせ、販売価格の上げ幅・下げ幅を調整することで徐々に一本化していきました」(関口社長)。合わせて、客先を一軒一軒まわり、会社の方針を丁寧に説明して、理解を得ていった。
顧客の理解を得ること以上に難しかったのは、社内の調整だったという。「父や、古くから当社に勤める社員からは、『そんなことをしたら会社が潰れてしまう』『上手くいくわけがない』などと反対の声が多くありました。しかし、当社の50年の歴史を振り返ると、30年、40年にもわたって利用してくださっているお客さまがたくさんいらっしゃるのです。だからこそ、もう一度姿勢を正してお付き合いすることで、カナエルの生涯顧客をもっと増やしていきたい。その一心で、改革を断行しました」と関口社長は振り返る。価格を下げて多くの新規顧客を獲得するのではなく、信頼してくれる顧客と強く・深くエンゲージする。当初、この考え方に賛同する人は会社全体の3分の1程度だったが、改革を進める中で、徐々に理解を得ることができた。
最近では、地方の都市ガス会社や、国のエネルギー部会などが関口社長のもとに相談にやってきたり、全国各地で講演をする機会も増えたという。カナエルの独自性にもつながるノウハウを公開することに抵抗はないのかを尋ねると、関口社長は「ありません」とはっきり答える。「各社が料金を公開し合えば、自分が利用するエネルギーを顧客が自ら選べるようになります。価格が安いものを言われるがまま利用するのではなく、価格・サービス・アフターフォローなどを総合的に比較対照するようになれば、ガス会社として持っている真の価値を理解していただくことにもつながる。情報公開によって築かれる信頼関係をベースに、長きにわたるお付き合いをする。これが業界全体でめざすべき、正しいあり方だと思います」と話す。
カナエルは、ガス料金の公開のみに留まらず、その「オープンさ」「わかりやすさ」を、経営姿勢や社員の行動指針にも落とし込んでいる。「LPガス事業」「ガス保安事業」「水道設備事業」「リフォーム事業」の4つで構成されるカナエルの事業に「正直サービス事業」というコンセプトで横串を刺し、顧客の暮らしにまつわるさまざまなサービスを提供する会社として、社会に対する自社の提供価値を再定義した。
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