立場を変えると、世界がリアルに見えてくる。逆に言うと、世界をリアルに見るには立場を変えればいい。そんな雑感を、経験を基に紹介します。
博報堂での仕事は、コピーライターとして始まりました。入社後、まもなくコピーライターブームが沸騰し、職業として社会的認知が確立しました。30代半ばまでは必死に原稿用紙に、平太サインペンで大量の文字を書きなぐっていました。
やがて広告界に戦略という価値軸が持ち込まれ、クリエイティブディレクションの時代が来ました。その頃、会社から「クリエイティブディレクター(CD)をやれ!」と命ぜられ、コピーライターの筆をほぼ折りました。
会社を辞める前の10年間は、「クリエイターの発掘・育成・強化をせよ」と言われ、マネージメントへ、クリエイティブ全体を統轄することになったのでした。俯瞰すると、およそ10年ちょっとの周期で、「職人」→「プロデューサー」→「先生」と立場が変わったわけです。
書く立場の人が、選び組み立てる立場になる。フィールドで戦う立場の人が、ベンチから指示する立場になる。これは全然、違います。劇的にマインド変化が起こります。今だから言いますが、この変化を体にしみ込ませるにはかなり心の努力がいりました。
しかし、「見えなかったものが見えてきた!」そんなふうに次第に思い始めました。正しく言うと、見え方が積み重なるイメージです。コピーライター視点+CD視点+マネージメント視点+教育の視点などが、自分のなかでスイッチひとつで切り替えられるイメージです(そう簡単にはいきませんが)。
若きコピーライターを教えていると、「このコピーはいいとこまで手が届いているけどさ、やっぱりもっと生活者の気持ちを掘り起こす力がほしいよ、ね…」などと言いながら、反射神経的に自分でそこらの紙にコピーを書いていたりします。
そのうちブレストになり、いっしょに思いついたコピーを見せ合ったりもします。「いい勉強になりました」とだいぶ経ってから言われたりして。相手の立場がわかる、立場の気持ちがわかる、だから相手のためになる。そんなメリットが生まれていたんだと思います。
かつて私がコピーライターとして担当していた企業があります。世界的企業で次から次へとヒット商品を送り出していました。そこの宣伝部のTさん。雑誌や新聞やポスターの企画案をいつもプレゼンしていた相手です。Tさんを通らないと広告は世の中に出ませんので、僕らにとっては超キーマン。
あるとき、「実はね、今、コピーライター養成講座に通って、コピーの勉強をしているんですよ」とニコニコと告白してくれました。「コピーライターになるおつもりですか?」と突っ込むと、「いやいや、みなさんが書くコピーのことをもっと、ちゃんとわかって判断するためにです」と再びニコニコ。「書いている人の気持ちがわかると、いい広告、悪い広告もわかるんです」。立場を変えることにTさんはチャンレンジしたわけです。そして、Tさんの仕事は確実にレベルがあがっていったように記憶しています。
最近、社会で、世界で、いろいろなことが起こっていますが、立場を変えてみる勇気が足りないことが多いなと感じたりします。そんなニュースを見ながら、コピーを選ぶ立場にある人は、もっとコピーのことを知ってほしい、コピーを自分でも書いてみてほしい、と思ったりしたのでした。
次回は、コピーライティングというスキルは使えるという話を書きます。それでは、またお会いしましょう。
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『これから、絶対、コピーライター』
博報堂で、長年にわたりクリエイティブ人材の、採用・発掘・育成に努めた著者が、門外不出であったコピーライターになるための方法を初公開。「コピーライターになる人は、特別な才能や、資格を持っている人?」。そんな多くの誤解を解きつつ、コピーライターのイキイキとした実像を明らかにします。コピーのツボを、例題を解きながら教えてくれる「ツボ伝ツイート」も。就職者、転職者、必読のコピーライター入門、決定版。