小田桐昭賞受賞・村田俊平に聞いてみた「若手CMプランナーが“今”東京から九州に行ったワケ」

——なるほど。では次は逆に、クリエイターとして九州に移って、よかった点をうかがってもいいでしょうか?

村田:まず、入社数年目、若手の自分がクライアントのトップ、つまり社長と直で会話できることに驚きました。東京で広告を作っていても、僕みたいな若造がなかなか決定権者である社長と直接やり取りできることなんてないですよね。これはとても勉強になります。

結果、出し戻しのスピード感も大きなクライアントとは比べ物になりませんし、提案の幅のダイナミズムも広がるんです。そして、たとえばロケ地も、制作予算は少なくても、車で1時間くらい走っただけで「ここ、日本なのか?」みたいな最高のロケ場所が、転がっていたりするんですよ。

——今回、村田さんが小田桐昭賞を受賞した、福岡の進学塾・英進館のCM「歩く男篇」、あのCMロケーションも壮大でしたよね。だだっ広い野原を延々と男性が歩く…と、あれはどこですか?

村田:大分県です(笑)。あそこは福岡市街地から2時間くらい車で走った場所ですね。九州だとロケ場所には事欠かないですよ。そして、なぜか東京だと手続きがムチャクチャ面倒くさそうな国の重要文化財みたいな場所も、九州だと「撮影OKでましたー」ってサクッと返事が帰ってきて、ビックリすることもありますね(笑)。

それに、もう九州でも慣れれば東京とリアルタイムに会議や素材のやり取りもできますからね。福岡だと、街から空港までの距離も近いですから、東京への出張も楽ですよ。僕、飛行機の出発時間30分前に「ヤバス」っつって部屋で目覚めて、何故か出発、間に合ったこともありますから(笑)。

——全てがおおらか過ぎますよ(笑)。うらやましい環境です。

村田さんも先ほど少しおっしゃってましたが、村田さんが電通九州に出向申し出た入社4、5年目といえば、ちょうど広告会社で働く人間が、初めて自分のキャリアについて漠然とした不安を感じだす頃ですよね。

自分も一通り仕事を覚えて、他の同期の活躍も聞こえてくる。そろそろ自分も目立った活躍をしないと何かヤバいのかも、でも、上司から降ってくる目の前の仕事をこなすしかない、このままでいいのか…みたいな不安。

そんな時、村田さんのように、勇気を出していったん別の環境に自分の身を置き、実績を積み自分の仕事のスタイルを確立させた後に、改めて、自分が進みたかった道に戻ってくる、そんなキャリアプランもクリエイターとしては有効なのかもしれないなあ、と感じました。

村田:そうですね。電通九州の、植原(政信)局長がおっしゃっていた印象的な言葉があります。

「本館新館理論」とかって言ってたんですけれど、例えば、百貨店の本館の上の階に行こうとするとき、エレベーターもエスカレーターさえも混んじゃっていて進みが遅いときがあるとするじゃないですか。そんな時、一瞬、遠回りに思うだろうけど、新館まで行ってそっち側からするっと上がって、途中の空中通路なんかを通って、ポンっと本館に戻って来た方が、早く上にたどり着けることがある、と。

だいたいにおいて、仕事がうまく行かないときって、その環境のまま自分がもがいたって、どうにもならないことが多いですよね。それが、ふと環境を変えて別の視点から物事を見たとたんに、目の前が開けるときがある。

特に僕らみたいな会社員の人生としては、たしかにそういうこともあり得るんじゃないかな、と思っています。実感として。新館まで混んじゃってる時もありますけどね(笑)

——面白い理論です。この「新館」にあたる存在は、会社だけじゃなく、別の職種や、部署でも当てはまるかもしれません。もし今の部署の仕事で鬱々としているのであれば、思い切って別のグループ会社や職種に移る、そこで実績を積んで、自信を持ってからまた戻ってくるようなこともありますよね。

しかし、誰もが転勤したからといって、うまくいくわけではありません。今回、村田さんが別の環境に異動して、実績を残せた理由は何だと思いますか?

村田:そうですね。おっしゃるように、誰もが環境を変えさえすればうまくいくわけではありません。環境が変われば、自分もその環境に合わせて働き方や考え方を変えていくことが大事だと思っています。僕の場合は、九州の上司の理解や東京の先輩たちの応援があったことも大きいし、そもそも九州の水があっていたことが一番大きいと思いますが。

せっかくこれまでのしがらみやイメージからリセットされるわけですから、そこでも前と同じスタイルで仕事をしちゃうと、結局、同じような展開しか待ってないと思うんですよ。だったら、せめてイチかバチか勝負したほうがいいんじゃないかと。

そして新しい環境になったら、最初は小さくてもいいから、何か人にほめられる仕事を一つ成功させることが大事な気がします。一つ認めてもらえる仕事ができると、次また、新しい仕事を持ってきてくれる人が必ずいるので、勝手にどんどんいい方向にステージが変わるはずです。これは新しい環境になったからこそ、生じるいいスパイラルだと思っていて、とにかく最初の頑張りが大切ですね。まずは、0から1にする力というか。まぁ、現に僕は最近いただき始めた東京の仕事という新しい環境で、うまくいかなくて悩んだりしてるんですけど(笑)

いずれにしろ、そのような一つ一つの仕事の積み重ねが、今回のACC小田桐昭賞につながったのかもしれないな、と思っています。

次ページ 「広告賞について言えば」へ続く

前のページ 次のページ
1 2 3
一般社団法人ACC
一般社団法人ACC
一般社団法人ACC
この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム

    タイアップ