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「黒澤さん、近頃、広告系の人って、難しい顔してません?」とある女性が言います。彼女はライターさんなのですが、広告系の人脈も広く持っています。ヒソヒソポツポツと続けて、「理屈っぽい人が増えたというか・・」。わかるわかる、確かにそんな感じあるよねぇ。
マスメディア一本勝負だった、ほんの20年前くらいからメディア事情は大きく変わりました。大手広告代理店のできる営業さんから、ごく最近言われて内心びっくりしたこと。「キャッチフレーズは、メディアによって変えましょう。場合によっては、イメージ・シンボルのタレントさんを使わないメディアがあってもいいです」。
僕が習ったキャンペーンは、ワンビジュアル・ワンメッセージ。いわゆる横串というやつ。イメージの分散化を避け、集中化によってコミュニケーション効率を上げる方法論。タレントを使えるのに使わないなんて、そんなもったいないこと!
広告をめぐる科学技術の向上。そのことを思います。インターネットの普及・浸透によって、ターゲットの実像が個々のレベルまで把握できるようになったこと、投入する広告効果が実数化できるようになったこと。コンピュータ技術によって、つくる行為、発信する行為が、日常化したこと。スマホのように24時間パーソナルな情報メディアができたこと。などなど。
今までブラックボックスだった、生活者の行動や広告効果が丸裸になっちゃいました。手探りではない、戦略化されたコミュニケーションが考えられるようになって、ま、ある意味、産業自体が理屈っぽくなったわけです。
いい意味では、高度な産業へと華麗な転身を遂げつつある最中ですね。ビッグデータとコンピューティングの進化次第では、近い将来、「あ、その商品でしたら、このメディアとこのメディアを使って、コミュニケーションコストもこんな具合に投入して、そうクリエイティブはこんなビジュアルでやったら最適かと思います」。なんて、クールなAIロボット君が、のたまわることになるかもしれません。いや、冗談抜きで。
そのとき、僕らは何をしていたらいいのか、何をしたら、働くおもしろさを細胞の隅々まで感じて生きることができるのか。
今後20年ほどで、今の職業の50%近くが廃業になると言われます。けっこう知的な職業もそのなかに含まれています。その廃業リストをつらつら見るに、インテリジェンスの高い職業ではなく、人間をエモーショナルに扱う職業が生き残ってゆく模様なのです。医者で言えば、膨大なカルテを精査しながら患者の疾患を見つけるのはAIの仕事で、対話しながら患者の人格を尊重して生の在り方をともに考えてゆく。それが医者の仕事になると思うのです、きっと。
広告産業を目指す若者が、「これからは、マーケティング理論とかきっちり覚えないといけないですよね、IT用語も」と僕につぶやいたりしますが、「そう覚えた方がいいよ。でも、理論や用語は二の丸だからね」。二の丸という古語がわかったのか、では、本丸は?と聞いてくると、「それは、人間だよ、人間を学ぶこと」と答えます。
はるか昔、まだコピーライターが原稿用紙に字をしたためていた頃、先輩後輩、長も平も、男も女も、ひっくるめて、よく飲みに行っていました。居酒屋には居酒屋の、屋台には屋台の、バーにはバーの流儀があって、それを味わいつつ、高揚も失意もその他もろもろを学んでいたのでした。人間って、なんて面白い! そんな人間学信仰が、広告産業のベースにあったように思います。
近い将来、広告マーケティングもクリエイティブも、また人間っぽいファンタジーやドラマづくりに戻ってゆくでしょう。なぜなら、そのほうがはるかに心躍るからです。そして、コピーライターもその中心にいて、人間の謎に挑戦しつつ、本質を見つけていけたらいいな、と思うのです。
次も書きます。また、お会いしましょう。
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『これから、絶対、コピーライター』
博報堂で、長年にわたりクリエイティブ人材の、採用・発掘・育成に努めた著者が、門外不出であったコピーライターになるための方法を初公開。「コピーライターになる人は、特別な才能や、資格を持っている人?」。そんな多くの誤解を解きつつ、コピーライターのイキイキとした実像を明らかにします。コピーのツボを、例題を解きながら教えてくれる「ツボ伝ツイート」も。就職者、転職者、必読のコピーライター入門、決定版。