Epicaグランプリ受賞、資生堂「メーク女子高生のヒミツ」動画制作の舞台裏

デジタルでもクラフトマンシップが力を発揮する

——他にも、音楽や小物などで細かな演出が効いていますね。

小助川:逆再生に切り替わる瞬間にボーカルの声が女性から男性に変わるのは柳沢監督のアイデアです。バックトラックも実は逆回転していて、逆回転してもちゃんと音楽に聴こえるものを追求しています。技術的にはとても高度です。逆再生の最中に、映像の中で生徒がギターを逆に持っているのですが、ここに「暇つぶしに逆さギター」という歌詞のタイミングがぴったり合うようになっていて、制作中のやりとりは本当に緻密でした。

——音楽に詳しい人ほど、驚く構造になっているということですね。

小助川:実際に、音楽好きの層からのツイッターもこの動画が広がる一因でした。動画を広めるには、コンテンツの中にどれだけPRにつながる要素を入れられるかだと思っていたので、色んな興味の方向から人が流入してきて、また色んな方向に広がっていく、という形を目指しました。

木島:文庫本の挿絵、音楽を聴く生徒のヘッドフォンについたマークなど、他にもいくつも仕掛けがあります。まず“女子高生”を見てもらって、その後そういった仕掛けが目に入る順番にしました。

——最後に登場するコピー「だれでもカワイクしちゃいます」はどのように決まりましたか?

島:女装男子という企画になった時から、この動画が表現するものは何だろう?とずっと考えていました。当初から「美しくなりたいすべての人へ」という言葉はあったのですが、それをこのシチュエーションに当てはめて、どう言ったら見る人に伝わるだろう、と考えた結果です。トランスジェンダーも含め、資生堂としてあらゆる人に美を提供する、というメッセージを込めています。

——今回、Epica Awardでも「ジェンダーの捉え方が印象的」と審査員がコメントしていましたが、ジェンダーの問題に対するスタンスについて、もう少し教えてもらえますか?

小助川:演出コンテの段階では、LGBTの問題を正面から取り上げるというアイデアもありました。実際に、そういった活動をされている協会の方にお話を聞いてもいます。ただ、その結果、この問題の深さに気づくことになりました。描くからには、企業側にも相当の理解の深さが求められますし、それがないまま描くのはむしろ失礼に当たる。そういったチーム内のディスカッションを経て、今回は、「メークの力」にしぼって、よりカジュアルに女装を描くことにしました。だから、背景には問題意識はあるものの、直接は描いていない、ということでしょうか。

島:ごくあっさりとモチーフに入れてしまったというのが、逆に審査員には新鮮に見えたのかもしれませんね。元々の企画が、高校生の間で男子校文化祭の女装ミスコンなど「カジュアル女装」が流行っていることにヒント得たものなんです。だから、女装=トランスジェンダーという捉え方ではない。もっとカジュアルに、女装を普通のこととして捉えていいんじゃないか、それが今の時代性なんじゃないかというのが、出発点です。

——800万回再生という数字を出していますが、動画のプロモーションはどのように行ったのですか?

矢村:オーガニックでどこまで広がるか見たかったので、ローンチ段階では広告もPRも一切打っていないんです。出演者のアカウントは告知OKにしましたが、資生堂のSNSアカウントなども使っていません。後から分析してみると、若い人たちの間では、LINEでURLを貼り付けて送り合う、という感じで広がっていったようです。リリースは公開1週間後に出していますが、それまでにほぼ拡散していたという印象です。ただ、初日の再生回数は「45」くらいで、胃が痛かったですね(笑)。

小助川:10月16日に公開して、20日にヤフーのトップページで取り上げられて一気にアクセス数が上がりました。

——YouTubeの説明は英語、中国語もありますが、海外も最初から意識されていましたか?

小助川:そこまで意識をしていたわけではないのですが、今アクセスの約7割が海外です。アメリカが最も多く、次いで台湾やタイなどアジアの国々です。あとは南米、中国ですね。

——今回は実験的な動画の試みということでしたが、振り返ってみてどんな気づきがありましたか。

島:結局、クリエイティブが一番大事なのだなと思いました。動画の作り、音楽…特に今回はヘアメイクの技術です。クラフトマンシップは実はデジタルでもとても大事なのだとわかりました。

今井:ベルリンで行われたEpica Awardsの贈賞式でも、圧倒的に「クラフトが素晴らしかった」と声をかけてもらうことが多かった。デジタルやCGが全盛の中で、クラフトはオリジナリティになるのだと実感しました。

小助川:テレビCMは「見せたいもの」かもしれませんが、動画は「見たいもの」に特化しないと見てもらえない、ということでしょうか。「よくここまでやったね」というような驚きが必要だと。

矢村:「5秒ルール」など、動画を拡散させるためのセオリーが色々と言われますが、それが自分の中でリセットされた感覚があります。コンテンツの強さはこれだけの波及力を持っているのだなと身を持って体験することができました。

小助川:とはいえ、たまたま今回は成功しましたが、まだ課題はあります。動画をやるべきブランドかどうか?という見極めも慎重にする必要があると思います。ただ、単にテレビCMが面白かった、というよりも深い体験をしてもらえたことは確かで、この結果を元に次に取り組んでいきたいと思います。


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