「自分の感覚は全く信用していません」と話すベストセラー作家。その真意は?(ゲスト:水野敬也さん)【後編】

クリエイティブの源泉は中高時代の傷ついた体験にあった?

澤本:水野さんがベストセラー作家としてすごいのは、作家ってだいたい自分が完結したものを出したいから、自分以外のものを排除しようという気持ちが強いじゃないですか。CMつくっていてもそうだし。人の意見を聞くよりも、自分が15秒、30秒を完璧にやるというのを目標としていて。

権八:自分の作家性というかね。

澤本:そう。でも、いろいろな人の意見を聞くというのは、最大多数の人を楽しませるものを作ろうとする作家だと思うので、それが新しいと思う。ピクサーも誰が作ったんだという話あると、ジョンラセの名前が出るけど、じつはその中にたくさんいる人の“いろいろないい意見の集合体”としていいものができている。それを傑作として出す役割がピクサーにあるとすると、水野さんは1人でピクサーをやっている感じがするね。

水野:僕のものづくりは普通の出版社のスタイルとは全く違っていて、チームづくりも編成も違います。まさに今おっしゃったようにお客さんをどんどん喜ばせるほうに行くと作家性が薄れるので、「水野敬也」って世の中の人はほとんど知らないんですよ。「おかしくない?」って思うときありますよ。こんなにヒット出してるのにと。

一同:

水野:飲み会に行っても自分でベストセラー作家と言わないと気づかない。そのぐらい世間は僕に注目していません。同時に、僕はそれをいいことだと思っています。ハウツーというジャンルを変えたいし、美しくしたいし、読者が主人公になってほしいんですね。エンターテインメントの役割の1つは、その世界に閉じ込めるというか、どっぷり浸からせることだと思いますが、僕自身が最も課題を感じたのは「どっぷり浸かっている間に現実での戦闘能力が落ちている」ということなんですよ。

澤本:なるほど。

水野:具体的に言うと、僕は中学2年からストリートファイターⅡをゲームセンターで延々毎日やっていました。でもストⅡでガイル(ストⅡのキャラクター)が必殺技のサマーソルトキックを出せば出すほど、現実のケンカは弱くなっていって。

一同:

水野:僕の中ではこれが一番大きなエンターテインメントの課題でした。

中村:最終的に水野さんがガイルでサマーソルトキックをやろうとすると、ゲーセンが落ちるんでしょ、筐体が。

水野:そうです。初期のストⅡというのは・・・えーとどっから話したらいいのか(笑)・・・ガイルってしゃがんだ状態からじゃないとサマーソルトは出せないんですよ。でも、立ったまま出す技があるんですよ。それをやれるのが日本でごく少数いまして、その1人が僕で。でも、立ったままサマーソルトを出すと、なぜか電源が落ちるんです。

一同:

水野:だから、僕のプレイを見るために20人ぐらい観客が集まってくると、もうそろそろ立ったままサマーソルト出しとくか、というので立ちサマーを出して、電源がプッて落ちて、歓声がドーン!上がって、俺帰る、みたいな。

一同:爆笑

水野:だから、実はゲームはクリアしてないんですよ。俺、立ちサマーで電源落として帰りますから(笑)。それがエンターテインメントで、だから僕は読者にそうなってほしくないんです。僕のエンターテインメントを通ったら、現実でも強くなれる武器や手土産を得て、後はその人が現実をエンタメ化してほしい。エンターテインメントって「現実がしんどいから」という受け皿になっているけど、エンターテインメントを通ったら次は現実で自分がテーマパークになるのが理想だと思ってます。だから僕が無名のほうがいいし、極論を言うと僕の本には戻ってこない、卒業しちゃうのが理想です。

澤本:それって自分に自信がないとできないよね。

水野:たぶん、思いが強いんでしょうね。僕は中学のときにストⅡをやっていましたけど、ぶっちゃけ彼女が欲しかったんです(笑)。当時は合コンのことを「紹介」と言っていましたけど、僕は中学高校6年間で紹介に一回も呼んでもらえなかったんですよ。

一同:

水野:ずっとストⅡをやっていたから。それを変えたい。ストⅡにもお世話になったし、素晴らしかったけど、僕はエンターテインメントを使いながら読者の現実を変えたいという思いがあまりにも強烈にありすぎて。それは裏を返せば、「僕自身が傷ついていた」ということですよね。ガイルでしか勝てない自分が。

権八:ガイルで勝って、電源落としてバーッと歓声受けて、帰るわけだよね?

水野:気持ちいいですよ。その瞬間は誇らしげにね、帰っていくんですけど。

権八:その帰り道にカツアゲされると。

一同:爆笑

水野:そうなんですよ。実際、本当にカツアゲされてるし。

権八:その惨めさ、みたいなことがね…。

水野:そうです。それが今の僕のクリエイティブの全てを支えていると思いますね。

中村:ありがとうございました。現実もアップデートできるエッセンスも入っているかもしれない新作『もしも悩みがなかったら』が絶賛発売中ですので。

水野:ぜひ、よろしくお願いします。

権八:買お。

水野:みなさんのお力でベストセラーに仕上げていただければ。

澤本:だって、もうベストセラーでしょ、既に。

水野:この3人が動いたら一桁変わると聞いて来ましたんで、今日は。

澤本:今日は勉強になったな。僕も本を書いているけど、売れたって1万部ぐらいですよ。水野さんは桁が違う。僕はいろいろ反省することがあって、人に聞いたほうがいいと思いましたね。広告つくるときはクライアントさんの言うことを聞いたりするし、考えたら、映画『ジャッジ!』の脚本を作っているときは自信がなかったから、脚本を見せまくったんですよ。小山薫堂さんなどに見てもらったりして。それをやったほうがいいなと思いました。

水野:うれしいです。

澤本:でも、ベストセラー作家の人に僕ら相談されても、それ以上売れないんじゃないかな。

水野:え? あ、結局、お三方のお力はお貸しいただけないと(笑)。褒めるという形によって断れられたと、最後の依頼が。

一同:

水野:そういうことなんですか!? ちょっと動いてくださいよ。結局、クライアントがもっと大きなところじゃないと、重い腰は動かないぞと。

澤本:面白すぎ(笑)。

権八:わかったよ、とりあえず、読むからさ。

中村:ということで、今週の「すぐおわ」はここまでです。みなさんの質問やお便り、何でも構いませんのでドシドシくださいませ。メールアドレスはsuguowa@tfm.co.jp。また、「すぐおわ」Facebookページにコメントを書いていただいたものもお便りとみなして、どんどん読んでいきます!

<END>

構成・文 廣田喜昭

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