「箭内道彦×並河進「『社会のために」は、ブームじゃないぜ!社会×仕事×自分の関係の結びかた』(後編)」はこちら
「IoT買ってこい」ではうまくいかない
佐々木:今日のタイトルは「IoTが創造するNew WORLD」ですが、僕としては「NEW電通」だと思っています。IoTがどう広告会社と関係あるのか、先生の話を聞いて、「IoTって自分の仕事と関係あるんだな、やらなきゃ」と思ってもらえたらなと思っています。
坂村:「IoT」という言葉がバズワードになっていますけれども、この言葉はマーケティング用語です。以前は「パーベイシブコンピューティング」や「ユキビタス」と言う呼び方が多かったのですが、みんな同じ意味です。最近は分かりやすさのためかIoTと呼ばれることが増えています。「IoT」という言葉はMITにいたマーケティング系の人が言い出した言葉で、要はマーケティングのために、「ユビキタスコンピューティング」とコンセプトは同じでも違う言葉で言っているだけですね。物がインターネットにつながると、例えば会場の入場者数や室内の温度など、さまざまな“状況”を人が仲介することなく自動的に把握できるようになります。生産機械のオートメーション化を超えてIoTは社会全体の最適制御──つまりは省力化や省エネ化、人件費などのコスト削減につながる技術だというわけです。
IoTは今、過度な期待のまっただ中にあります。「ハイプ・サイクル」という新技術の社会認知度を表すカーブは知っていますか? 新しい言葉も年がたつごとに、みんな聞き慣れてくる。意味が分からなくても、はやっているのかなと思う。そうやって期待値が高まっていくんです。
期待が最高潮の時にその技術を使ったサービスや製品が提供されれば、新しいマーケットが開けて成長しますが、具体的な形として提供されなければ、期待値はどんどん落ちていきます。そのうち「ああ、IoTね。利益につながらないからやめたよ」ということになりかねない。研究開発には時間がかかります。マーケティングと研究開発のサイクルはぴったり合うものではない。実用化するためには、ここ数年は辛抱が必要です。そもそもIoTは概念ですから、「IoT買ってこい」じゃうまくいきません。哲学や考え方への理解が必要です。今日はその話をしようと思います。
私はもともと、組み込みコンピューターの研究をしていました。30年前から続けている「TRONプロジェクト」は、必要な瞬間に必要な応答を返すリアルタイムOS技術の研究開発です。ケータイの電話機能や、デジカメが一瞬でピントを合わせる機能などに活用されています。そのプロジェクトのゴールが「HFDS」(Highly Functional Distributed System)という言葉で、あらゆる機械の中のコンピューターが全部ネットワークでつながるという概念を提唱し、1987年にはドイツの出版社から本も出しました。これが証拠になって、2015年にITUが現代のデジタル社会に貢献した世界の6人に与えた賞を受賞しました。何が言いたいかというと、日本がこの分野を切り開いたと言っても過言ではない。なのに、まるで目新しいものが来たかのようにIoTに驚いているんです。
1989年には、住機能をリッチ──高機能化することを目指して、住宅の全てのパーツをコンピューターでコントロールする「TRONハウス」を作りました。今でいうスマートハウスです。スマートハウスのようなものは、ものがインターネットにつながると便利そうだと、分かりやすいですよね。あとはトランスポーテーション。交通渋滞を減らすシステム、地滑りのセンサー感知、ロジスティックの合理化、食品のトレーサビリティーなどです。
科学技術は実用化されるまで20~30年はかかります。スマートハウスも、まさに今やっと商品化され始めています。2004年にはサステナビリティ──つまりエコを目指してトヨタと超インテリジェントハウス「PAPI(パピ)」を作りました。2017年にはLIXILグループとさらに次のモデルを発表する予定です。技術コンセプトはIoTで同じですが目指すものについては、エコやリッチではない第三のキーワード──まだ言えないのですが、概念も大きく変えて登場します。