参考になるのはキリンの取り組み
実際問題、スマホやソーシャルメディアの普及、ビッグデータの浸透など、マーケティングにおけるデジタル技術の重要度は増す一方で、その変化のスピードに比べるといわゆるデジタルマーケターの人数の増加ペースというのはかなり限定的な印象です。
そもそも、多くの企業でマーケティングに従事する人数がそれほど多くなく、デジタルマーケティングの専任のスタッフを増やすのも難しいという話をよく聞きます。既存の仕事をこなしながらデジタルも学ばなければいけなくなっているというケースも多いでしょう。
また、前回のコラムで紹介した日本コカ・コーラのデジタル側の担当者である豊浦さんが悩んでいたように、日本においてはテレビCMのようなマス広告の影響が非常に大きいため、デジタル施策はマス広告の成果の中に埋もれ、効果が見えにくいということになりがち。当然、担当者としてもリスクの高いデジタル施策よりも、確実に成果の出る従来通りのマス広告の施策をやっている方が評価され、出世もしやすいと考える。そうなると、デジタルを学ぶインセンティブが低いという傾向が出てくるのは当然のようにも感じます。
ただ、やはりここで問題となるのは、このままでは日本企業は世界的なデジタルマーケティングへのシフトの波に乗り遅れてしまうのではないか、という点です。こうした傾向に対する組織的な対応として一つ注目すべき事例といえるのがキリンにおけるデジタルマーケティングチームの立ち上げの取り組みです。
キリンでは、デジタルマーケティング部門を立ち上げるにあたり、社内から人材を移動するだけでなく外部からも積極的に人材を採用し、短期間で層の厚い組織転換を行うことに挑戦しました。
この挑戦の中心人物であるキリン取締役CMOの橋下誠一氏は、Web広告研究会が実施している第3回Webグランプリ贈賞式において「Web人大賞」を受賞されています。このWeb人大賞には、私自身も審査員として携わっていますが、審査の場でも話題になったのが、キリンの日本企業らしからぬ大胆な組織立ち上げの動きでした。
参考:「Web人大賞」にキリン取締役CMO・橋本誠一氏、ブランド基軸の経営に評価
授賞式で橋本氏は、デジタルマーケティングを「てこ」にして、キリングループのマーケティングをキリン主語からお客様主語に変えていきたいという思いがあったと話をされています。橋本氏によると、デジタルマーケティングへの取り組みのゴールはあくまで、顧客にとっての「ブランド価値を最大化すること」。デジタルマーケティングの部署は、最新技術についていくための部署ではなく、お客様主語のマーケティング実現を模索するための部署である、ということが言えるのかもしれません。
当然、この組織の立ち上げによる成果が出てくるかどうかは、これからの活動次第とも言えますが、日本企業においても経営陣の覚悟次第で短期間のデジタルマーケティングの組織立ち上げが可能であることを証明している良い事例だと思います。
一般的に、日本企業においては「デジタルマーケティング」とは、あくまでデジタル領域のマーケティングの話であると認識されることが多く、組織の中でごく一部の人間がデジタル専任になることが多いようです。ただ、実際には顧客がスマホやソーシャルメディアの普及によりデジタル化し、それにより企業側のマーケティングも過去のアナログからデジタルに変わらなければならない、というのが広い意味でのデジタルマーケティングへのシフトと言えます。
そういう意味で、デジタルマーケターの育成や評価に悩んでいる日本企業にとって、社外の人材と社内の人材を組み合わせて、チームでマーケティングのデジタルシフトに対応しようとしているキリンの取り組みは一つのヒントになるのではないかと思います。