「学生ならでは」「芸工大ならでは」「山形ならでは」の卒展作品をご紹介
東北芸術工科大学(芸工大)では、いわゆる「卒論(卒業論文)」の代わりとなる「卒展(卒業展示)」を毎年2月に学内で行っている。
私が教鞭をとる企画構想学科の場合、プロダクトデザインやグラフィックを学ぶ学科とは異なり、自ら実施した「企画」について展示を行う。授業やゼミで行う「企画」はグループで行うことが主だが、「卒展」では学生一人一人がプロデューサーとして、一人で「企画の立案」「実施」「展示」まで責任をもって行うことが特徴だ。
ここで企画構想学科の約50の卒展作品の中から、あえて私自身の視点(好み)で何作品かを紹介させて頂きたい。
「思い」がつまった企画
<地元で生きてみた>
秋田県出身の藤田達さんは、「除雪」を通して地元の若者とお年寄りがつながる企画を考えた。除雪ボランティアは地元にいくつかあるものの、いずれも年配の方たちがメンバーだ。そこで若い人たちが率先しようと10名で新生ボランティアを結成。秋田県三郷町の街の除雪車が届かないエリアを中心に除雪活動を実施した。
<コメント>
企画内容自体は荒削りな部分もあり、本人もまだまだ納得していないかもしれないが、こういう故郷や地域に対する「思い」というのは、企画を考える上で何よりも大切だと思うので、トップバッターに紹介させて頂いた。
「新しい手法で魅力を伝える企画」
<たまげた、やまがた>
埼玉県出身の榊原智美さんは「暮らして分かる山形の魅力」をテーマに、自身が見つけた”山形の発見”を「カードゲーム」にしてコミュニケーションツールを制作した。
<コメント>
私も昨年4月から、毎週山形を訪れて教鞭を執るようになったが、山形の魅力を「一言」で言い表すことは、なかなか難しいものだと感じていた。そんな時にこの企画を聞いて、こういう手法もあるなと思った。1枚1枚丁寧にカードを作り上げた、山形への「思い」を感じさせる企画である。
「経験から生まれた企画」
<ぴくめしプロジェクト>
漬物屋でアルバイトをしていた佐藤咲さんは、「若者の漬物ばなれ」を少しでも解消しようと、大学の学食のシェフの協力を得て、いつもは「脇役」の漬物を見事な「メイン料理」にして学食での販売を行って好評を得た。
<コメント>
とかく企画の仕事を長くしていると、「企画をせねば」「いつまでに提案を出さねば」と、どうしても「結果ありき」「アウトプット重視」になってしまう。佐藤咲さんは、バイト先での経験を「卒展」という場で活かし、自分の「理想」や「好きなこと」にチャレンジできた。これは、またとない貴重な機会になったと思う。
「ポイントを絞ってしっかりと訴えた企画」
<YAMAGATA SAKE BOOK>
地元山形出身の佐藤華絵さんは、心のこもった酒作りに励む女性蔵人を取材し、冊子にまとめ、ミラノ万博博覧会の会場で配布を行った。
<コメント>
日々、東京と山形とを往復するようになって、山形の魅力が分かってくるにつれ、もっともっと地元の魅力をうまく、日本国内や世界中でPRすればいいのになと思うようになった。あくまでPRの訴求ポイントを「人(女性)」にフォーカスし、ミラノ万博の会場で実際にPR活動を実践できた点が、何より素晴らしい企画であった。
「優しさがあふれる企画」
<てるてるプロジェクト>
明上山果穂さんは自身の中学生の時の入院経験から、なかなか外に出られない子どもたちに代わって、てるてるぼうずが「プチ旅行」を行った。
<コメント>
企画には企画者の「人となり」がでると思う。私は昨年着任したため、今年の4年生とは授業やゼミなどでの接点はあまり持てなかったが、こういう企画を考える人(やりたいと思う人)は、きっと誰よりもやさしい心の持ち主なのだろう。実際に「てるてるぼうず」を制作した子どもたちの笑顔の写真が印象的だった。
「プロをも驚かせるレベルの高い企画」
<natukusa.com>
「学生生活をもっと楽しくしたい」と、小笠原裕一さんは山形の大学生に特化したサイトを作り、学生インタビュー、学生生活のコツ、オススメの店のみならず、アルバイトやイベント、就活情報まで掲載を行った。
サイトはこちら。
natukusa
<コメント>
私も女性コラムニストによるコラム掲載を中心に、「働く女性」を支援サポートする情報サイトを運営し、編集長をしている。ネットメディアにおいては、「運営規模」「歴史」「情報量」にかかわらず、「役立つかどうか」「魅力的かどうか」に生き残りがかかっている。このサイトの充実ぶりをみて、ついつい「ライバル」だと思い、身が引き締まる思いがした。サイトの一層の「ブランド化」と地元学生ユーザーの情報源として「First Choice」になることが期待される。
「ムリだと思われたものを本当に実現してしまった企画」
<風呂レス>
昨年はじめ、蔵王山の火口周辺警報により、一時期観光客が減少してしまった。少しでも元気を取り戻して、蔵王温泉を盛り上げたいと、「温泉」と「プロレス」を掛けあわせたイベントを企画したのは、松田蓮さん。その名も「風呂レス」。蔵王温泉観光協会とプロレスリング・デワからの協力を得て実施された。
<コメント>
狭いスペースでの展示だけだと、なかなか企画の面白さが伝わりにくいのが難点ではある。
詳細はこちら(上述の「natukusa」のレポートより)
【リポート】温泉とプロレスのコラボ「風呂レス」に行ってきた
他の先生方と何度か事前レビューをさせてもらった時に、この企画はムリなんじゃないか?企画として本当に成り立つのか?と、正直なところ不安に思ったが、何よりもすごいのは本当に「実現してしまった」ことである。偶然、山形で、この企画が紹介されているのを生放送で視た時に、今の広告業界やPR業界が失っている何かを見せ付けられた気がした。成功する企画というのは、まずは企画者自身が「楽しい」と思う企画であるべきなのかもしれない。
「学生ならではの発想を生かした企画」
<compote>
実在する女の子たちの「コンプレックス」のネガティブなイメージを排除して、あえて個性として「武器」にしようとキャラクター化したブランドを立ち上げたのは宮城県出身の三浦桃さん。一人一人が自分を愛せるようにという願いが込められている。LINEスタンプも提供された。
<コメント>
私には絶対に思いつかないような企画だ。長いこと仕事として「企画」を考えていると、何事も「論理的」に考えすぎてしまう。成功したり採用されたりする「率」は高まるが、やがて成功体験が邪魔をする。「自分自身が思いもつかないこと」は、自分自身では答えが出せなくなる。この企画は、学生(あえて「女子学生」と言わせてもらう)ならではの発想力で、私などが想像もつかなかったところが評価されたのだと思う。
「チャレンジ精神にあふれる企画」
<ライスポルノ>
「日本人のお米離れ」が叫ばれる中、「本能のままにお米をかっ食らって欲しい」という願いを込めて、「お米とエロス」をテーマに岩出彩夏さんはこの展示を行った。”エロス”というフィルターを通して「お米」の魅力の再発見を促した。
<コメント>
「食欲と色欲はつながっている」「今夜のおかずにいかがですか?」というキャッチフレーズが挑戦的な意欲作。以前、テレビの深夜番組などでも「エロス」は一つのカテゴリーと言えるほどだった。しかし、最近は視聴者からのクレームが怖いからか、スポンサーが付かないからか「エロス」という表現は過度に自粛されているようだ。「善悪」や「出来不出来」の問題ではなく、「表現の手法」の一つとして岩出彩夏さんのチャレンジを、同じ表現者として評価したい。
「彼らの企画がこれからも周囲を幸せにするものであらんことを」
以上、他にも芸工大生ならでは、企画構想学科ならではの独自のアイデアをふんだんに活かした企画が、まだまだたくさんあった。他の教授陣や来場者の方たちからも、それぞれ異なる意見やコメントを多く頂いたことだろう。今回はあえて「アドタイ」での掲載に向くような「学生ならでは」「芸工大ならでは」「山形ならでは」といった視点でピックアップさせてもらった。
この卒展での展示のために、学生たち一人ひとりにとって、我々教授陣の想像を超えるような苦労が、各自にあったと思う。学生時代に学んだ「企画」は、目的のための手段に過ぎない。卒業後はごく日常の「業務」として、周囲を幸せにしたり、地域をよくしたりする企画を実施していってほしい。