そんなクライアント、あるいはボスの一言から、カスタマージャーニーをめぐる我々の旅はスタートします。しかし、その旅は幻の白鯨「モビー・ディック」を巡るピークォド号の死の航海のごとしです。喧々諤々の議論の末、ジャーニーはどうにかでき上がるわけですが、何となくみんなしっくりきません。スターバック一等航海士(余談ですがスタバの語源)は航路に不安を覚えています。銛打ちのクイークエグは食料を心配しています。そしてしまいには、狂気のエイハブ船長がこんなことを言い出します。
“It is not down on any map; true places never are!(それは地図などには載っていない。真実の場所はいつだって!)”
カスタマージャーニーは、ターゲット顧客に対して、1.どんなタイミングで、2.どんなタッチポイントで、3.どんな態度変容を起こすのか、をデザインするものですが、細かく見ていけば通常一つのタッチポイントが複数の役割(態度変容)を担っているものです。
木を見る視点(個別最適)ではなく、森を見る視点(全体最適)なので、関係者全員が100%しっくり来るものは、そもそも期待する由もないのかもしれません。ジャーニー自体の効果測定ができない、キャンペーンがうまくいった(失敗した)として、それがジャーニーのおかげ(せい)なのかどうかが判然としない、といったことも、そんな“しっくりこない感”を助長します。
しかし、ジャーニーに対して、いつも感じるこのしっくりこない感には、全体最適の罠や効果測定の難しさの他に、何かもっと別の本質的な正体があるような気がしていました。第一に、企業側がお客さまのジャーニーを(調査に基づいていたとしても、ある意味勝手に)デザインする、ということに強い違和感があります。また、ジャーニー設計の起点になる「タッチポイント」という考え方。単に感覚器官の一部で、半ば無意識に「タッチ」しているだけでは、必ずしもそのブランドを「体験」しているとは限りません。それで態度変容など起こるのか。また、ジャーニーを設計し、それに基づいて打ち手を考えた結果、結局はいつもの規定演技になってしまうことがとても多い。規定演技というものは、先人が知恵を絞って考え、実験を繰り返しきた苦労の賜物なので、やはり実際よくできていたりもします。
そんな試行錯誤のなかで、色々な人と議論をしながら、カスタマージャーニーに代わるもの、あるいはそれを補完するものとして、「カスタマーエクスペリエンスダイアリー(CxD)」という新しいフレームワークを考案したのが昨年末、約2カ月前のことです。その後、実務で実際に活用してみて、一定の成果が感じられるようになりました。
白鯨の話まで持ち出して、だいぶ前置きが長くなりましたが、今回のコラムの本題は、実はこちらを皆さんに紹介することです。