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「SmartNews」を生んだ 研究者・鈴木健の思想
佐渡島:今日は編集者として、2人からお話を引き出す役目をさせていただきます。急成長する「SmartNews」がどんな思想でつくられたのか、まず鈴木さんからお話しいただきます。
鈴木:僕には大きく2つの活動があります。ひとつはアカデミックな場での研究活動、もうひとつは事業をつくる活動です。この2つが二重らせんのように僕の活動を推進させています。
2013年1月に出版した著書『なめらかな社会とその敵』は、学術書ながら幸い一般の方にも読んでいただき、1万2000部という異例の部数になりました。300年後の社会システムをインターネットを使ってデザインすることをテーマにした本です。“価値が伝播する” 新しい貨幣システムなど、13年分の研究と思考の履歴を集積しています。
大学院ではコンピューターを使って生命現象をつくる、人工生命の研究をしていました。その研究をしながら気づいたのは、社会システムもまた、生命システムの進化の一環であるということです。
例えば単細胞生物は、仕組みは単純ですが、食物を見つける認知システムを持ち、自分に必要なものを摂取して細胞を維持しています。こういう単細胞の行為は、われわれが社会の中で行っている私的所有の生物学的起源ではないか。人間は60兆個の細胞からなる多細胞体ですが、一つ一つの細胞は細胞膜によって、外から物質が入らないようにしたり、代謝して追い出したりしながら、中の細胞システムを維持している。つまり、そういう“膜”をもって、われわれは自分自身の構造を維持しているわけです。
つまり、社会による所有や国の国境は、遡行すると細胞が起源ではないかと考え至ったのです。であれば、道具、建築、服、環境…生命を取り囲むあらゆる創造物とインタラクションを、どうデザインしていくかに、全ての社会的な問題が帰着していきます。
パーソナルコンピューターの父と呼ばれるアラン・ケイは「メタメディア」という概念を提唱しました。これまでの時代はメディアがある程度固定的で、その上でどんなコンテンツを流通させるかが重要でした。活版印刷の発明によって、ペンの力が社会を動かす時代が生まれたように。しかし、メディアそのものを誰もがつくれる時代が来るとアラン・ケイは予見します。彼が目指したのは、300年かけて世界中の人をプログラマー(=メディアをつくれる人)にする世界です。世界中の人が読み書きできれば世界は変わる、さらに世界中の人が新しいメディアをつくるようになったら? それが彼の挑戦状であり、そのために彼は子どもにも書けるプログラミング言語「オブジェクト指向言語」を発明するわけです。
そういう社会を見据えて自分は何を仕事にするべきか考えたとき、自分でサービスやメディアをつくりたいと考えました。僕の持っているビジョン「なめらかな社会」は、徹底的に多様性が許容される世界です。男か女か、フランス人かアメリカ人かといったように0か1かきれいに分けるのではなく、その中間を認めてリッチにしていく。そうしたなめらかな社会の実現の前には大きな壁がたくさんあります。著書『なめらかな社会とその敵』では、その壁を壊すための情報技術を使った新しい社会システムについて書きました。ここまでが研究活動としてやってきたことです。
一方で、大学院を休学してはベンチャーの起業をすることを繰り返していて、SmartNewsは3年前(2012年)に立ち上げました。天才エンジニアの浜本階生と2人で始め、今は国内で50人弱、アメリカで10人のメンバーがいます。僕らのミッションは、良質な情報を世界中に送り出すこと。世の中には良質のコンテンツをつくっているメディアがたくさんあるのに、それが読まれていない。そこに問題意識がありました。
ダウンロード数は1500万を超え、日本での月間アクティブユーザー数は約500万人。特筆すべきは、日本でもアメリカでも、月間総訪問時間が他のニュースアプリを突き放して圧倒的に長いことです。面白いコンテンツを出すことに力を入れてきた結果だと自負しています。
SmartNewsに編集部はありません。全ての記事はアルゴリズムで選ばれます。このアルゴリズムのベースは集合知です。一般的にアルゴリズムで記事を選ぶとパーソナライズ化の方向に行きますが、SmartNewsは「あなたが興味のあるニュース」ではなく、「あなたにとって発見のあるニュース」を届けます。「興味がないかもしれないけれど、発見があるかもしれないから届けます」というアプローチです。
根本にあるのは、多様なコンテンツ、多様な価値観をユーザーに届ける思想です。今はソーシャルメディアの普及によって、フィルターバブル現象が起きている。要するに、自分の興味関心のあることしか読まなくなっている。しかし、自分と違う考え方に触れないというのは、ある種、民主主義の基盤の破壊にもつながります。SmartNewsがやっていることは微々たることですが、できる限り多くの方々が自分と違う視点や考え方があることを許容できる社会を目指したいと思っています。