日本のCMは、世界を感動させることができますか?

2016年にアジア初として東京で開催される「Advertising Week Asia 2016」を記念して、広告業界のタブーに挑戦する特別コラムを実施。同イベントのアドバイザーにAdverTimes編集部からの質問に答えてもらいました。第一回は、博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター 長谷部守彦氏に、「日本のCMは、世界を感動させることができますか?」と聞きました。

■質問
 「日本のCMは、世界を感動させることができますか?」

■回答者
 博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター 長谷部 守彦 氏

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長谷部 守彦
博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター

1986年学習院大学卒、博報堂入社。コピーライター、CMプランナーを経て現在に至る。クリエイティブディレクターとして、国内およびグローバル広告キャンペーンを多数手がける。Cannes Lions、Spikes Asia、AdFest、One Show、 D&AD、Dubai Lynx、AD STARS審査員を経験。今年で、CM制作30年。2014年、映画監督として自身の作品を劇場公開、カナダ国際映画祭をはじめ、6つの国際映画祭で受賞。

結論から先に言えば、アジアでは既に出来ているし、世界でもいずれ出来ていくと思います。

2016年3月5日から8日まで、「Dubai Lynx」(カンヌライオンズのアラブ地域版)という広告祭でFilmといくつかのトラディショナル部門を審査してきました。UAE、エジプト、レバノン、サウジアラビアなど中東の広告を欧米の審査員と一緒に審査したのですが、いやぁ、あらためてCMというのは面白い。

Dubai Lynxの会場の様子

英語のサブタイトル付きで見るので何を言っているかは分かるのですが、審査員全員が口あんぐりということが頻繁に起こる。「で、どこが面白いの?」という表情で顔を見合わせる。審査ルームにはアラブ系の文化アシスタントがいて、CMの背景や文脈を補足してくれたので、彼らの説明を聞いて初めて「なるほどねぇ〜、面白いじゃんこれ(たぶん)!」となる。

でも、それらの広告は現地の人にとって文句無しで面白くて、アラブ人は横で文字通り腹を抱えて笑っている。CMはすべてを30秒で伝えるわけで、当然、説明も何もない。表現のエッジを立てて精度を上げれば上げるほど、他のカルチャーの人には、まったくもって何のことだか分からないという構造を宿命的にもっている。

それでも説明付きで見れば、それらは素晴らしいCMであり、たとえ国際賞を穫らなかったとしても、その価値に何ら変わりはなく、むしろ自分たちの文化圏で、最も短い時間で感情を動かすことができる最強の映像フォーマットになっている。

言わずもがなですが、日本では15秒スポットが主流。それは30秒CMよりも更に過酷なルールの情報戦で、50年もの間とてつもない才能の先人たちがしのぎを削って作り上げてきたフォーマットなわけです。

あるときはビッグビジュアルの一枚絵で、古くは「ハッパフミフミ」に始まる言葉遊びで、企業サウンドロゴで、CM音楽タイアップやタレント広告で、果ては猛スピードの編集に全てを詰め込んだシュールな演出手法まで確立して人々を魅了してきました。

日本のCMは、ほかの地域と同じように独自のルールで進化し、もはや完成形に達しているのではないかとも思えます。1.5秒のエンドロゴがあれば、実質13.5秒で勝負している。13.5秒で人々を泣いたり笑ったりさせているというのは、これは卓越した技術です。

その日本の15秒CMが外国の人に届かなくても何ら不思議はなく、むしろそんなに簡単に分かるわけがない。まったくターゲットでない人に説明している暇があったら、情報のすべてを研ぎすませて、猛スピードで伝える。それが日本のCM情報戦を勝ち抜くための条件でもあります。

海外から日本にやってきた私の友人たちは、口を揃えて日本のCMは分からないと言います。速くて短くて、ユーモアもまったく理解できないと。ところが何年かたって社会の事情やらタレントの意味性が分かってきて、ある沸点を越えた瞬間、「これ、おもしろいねぇ〜」と言い出す。これもまた素晴らしいことで、CMはコミュニティの一員になれたかどうかを計る指標でもある。その意味で日本のCMも、カルチャーなのだと。

誤解を恐れずに言えば、30秒以下のCMの場合、知っていることの中でしか人間の感情は動かないのではないかとも思います。知らないタレントの広告影響力、知らない習慣、知らないスポーツ選手の実績、知らない寓話のモチーフ、知らない格言の引用。なにかひとつのピースが欠けたら、もうバズルが出来あがらない。既知情報の中でこそ、安心してストーリーを味わえるのだと。

日本のテレビCMを、国内の生活者に向けて最短の時間で、最大の効果を上げるための映像フォーマットだと考えると、世界の聴衆を意識して完成度を下げる必要はなく、その意味で日本のテレビCMが世界に受けなくても、これはもう仕方がない。むしろもっと突き詰めて、我々にしか分からない鋭い世界に突き抜けるほうがいいのでないかとも思います。

「SPIKES ASIA 2014」(カンヌライオンズのアジア太平洋地域版)でフィルム審査した際、日本の15秒CMが多数受賞しました。アジアでは日本の独自性も含めて憧れをもって受け入れられており、また、アジアの審査員の多くが日本のコンテンツに詳しい。それゆえ、シュールな15秒も爆笑につぐ爆笑が起こり、逆にここまでわかるんだ、と驚いたこともありました。

テレビCMで言えば、日本的な文脈の理解が広まれば、自ずと感動も世界に広がっていくのだと思います。多少時間はかかるでしょうけれど。

でもオンラインになると、話は少し別かも知れません。

次ページ 「チャンスは「オンラインフィルム」にある」へ続く

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Advertising Week Asia 2016
Advertising Week Asia 2016

博報堂 長谷部守彦

D2C 宝珠山 卓志

博報堂ケトル 嶋浩一郎

松田康利事務所 松田康利

ぐるなび 藤田 明久

Taro & Company 児玉太郎

TBWA\HAKUHODO 佐藤雄三

電通 頼 英夫

ツナグ 佐藤 尚之

イグナイト 笠松良彦

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博報堂 長谷部守彦

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博報堂ケトル 嶋浩一郎

松田康利事務所 松田康利

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