「変わらないけれど、飽きられない」—ブラックサンダーのブランド戦略に迫る

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株式会社宣伝会議は、月刊『宣伝会議』60周年を記念し、2014年11月にマーケティングの専門誌『100万社のマーケティング』を刊行しました。「デジタル時代の企業と消費者、そして社会の新しい関係づくりを考える」をコンセプトに、理論とケースの2つの柱で企業の規模に関わらず、取り入れられるマーケティング実践の方法論を紹介していく専門誌です。記事の一部は、「アドタイ」でも紹介していきます。
第6号(2016年2月27日発売)が好評発売中です!詳しくは、本誌をご覧ください。

成熟化したと言われる環境下でも、新たな顧客を創造し、市場を創る経営トップがいます。そして、そこには瞬間的に売れるだけでなく、売れ続けるための全社を挙げた取り組み、さらには仕組み化があります。商品戦略、価格戦略、流通・販路戦略、プロモーション戦略に着目し、売れるためのアイデア、仕組みを解説・紹介していきます。

取材対象者

河合辰信 Tatsunobu Kawai
有楽製菓 取締役マーケティング部長

1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。2007年横浜国立大学大学院修了。同年にシスコシステムズ入社、2010年に有楽製菓入社。11年8月にマーケティング部立ち上げ、13年4月にマーケティング部長就任。同年秋に取締役就任。

 

「美味しく、楽しい」を追求

1955年にウエハースの製造からスタートした菓子メーカー、有楽製菓。豊橋、札幌に工場を設立し、チョコレートも扱うようになった。看板商品は、1994年に発売し、現在では年間1億3000万個を出荷する「ブラックサンダー」。ビスケット、ココアクッキーをチョコレートで固めたチョコバーで、子どもに人気の“戦隊モノ”をイメージして、このように名付けられた。

発売当時、子ども向けのお菓子と言えば10円、20円が当たり前の価格設定だった中、美味しさを追求するがゆえ、やむなく30円で販売したブラックサンダー。駄菓子らしからぬ見た目も相まって、それから約10年は「売れない」商品だった。しかし、地道な営業活動の甲斐あって、「30円でこのボリュームはお得」「小腹がすいたときにちょうど良い」と若い世代から支持を集め、大学生協を中心に徐々に販路が拡大。メディアにも取り上げられるようになっていった。

「ブラックサンダー」と派生商品群。ブランドの“面”としての展開を強化している。

さらに急成長するきっかけになったのが、2008年の北京五輪。メダリストの体操選手が「大好物」と言ったことが話題になり、販売数量が一気に増加した。ブラックサンダーの売上アップにより、会社全体の売上もこの10年で3倍近くに伸びたという。

取締役マーケティング部長の河合辰信氏は、「どんなに売れていても、社内には常に、どこか危機感が漂っています。それは、『売れた』と言っても、自分たちの力で実現したわけではないという自覚があるからかもしれません。瞬間的な話題によって売れたのなら、その話題がなくなれば、売上は下がってしまう。慎重にいこう、というスタンスです」と話す。

有楽製菓がこれまで生み出してきたお菓子は、形状や食感など、他社がつくらないようなユニークなものばかり。中小規模のメーカーが生き残るには、大手がやらないアイデアを出し、面白いものをつくり続け、ユニークなことをやり続けなれば生き残れない——創業時から変わらぬマインドで、今もマーケティング、商品開発に臨んでいるという。「当然、オンリーワンの存在でありたいという思いは強い。しかし、“変”なものをつくればいいというわけではなく、お客さまに喜ばれそうなものづくりを実直にやりたいと考えています。例えば、商品にひと手間を加えるために、新たな設備投資が必要であっても、それが付加価値や品質の向上につながるなら、やるべきだと考えています。お菓子に対しても、お客さまに対しても真面目に向き合う。ある意味、普通のことを普通にやってきた会社だと思います」。

「らしさ」を強化するマーケティング部

美味しいものを、できるだけ安く提供し、お客さまに喜んでもらいたい——ブラックサンダーは、そんな有楽製菓のポリシーが詰め込まれた商品だ。名実ともに、有楽製菓を支え続けてきた同商品の向かうべき方向性は、ここ数年の大きなテーマだという。

「ブラックサンダーはプロダクトライフサイクルで言えば成熟期にある商品。一時期の爆発的な売れ行きと比べれば、良くも悪くも安定してきています。マーケティングのセオリーで言えば、大きな投資をすべき商品ではない。しかし、我々は近年、ブラックサンダーへの投資を、むしろ増やしています。ブラックサンダーを中心とした周辺領域には、まだまだ拡大の余地があると考えているからです」。

ブラックサンダーには、「ブラックサンダー ミニバー」や「白いブラックサンダー」「BIGサンダー」など、サイズや味の異なる派生商品が存在する。近年では季節限定や期間限定の商品も積極的に投入し、“ブラックサンダー群”という面としての展開に力を入れている。「いつまでも、ブラックサンダーだけで成長し続けられるとは思いません。一方で、ブラックサンダーを切り捨てる考えもまったくない。お客さまは“新しいもの”“珍しいもの”を欲していると言われますが、本当のところは“美味しいもの”が欲しいはず。

“ずっとそこにあって、ずっと美味しいもの”が、結局は一番喜ばれるのではと思っています。変わらないけれど、飽きられない。そういうものをつくり続けたい。大手と同じように潤沢な予算を費やして商品開発やプロモーションを行うことはできませんから、いかにコストをかけずにそれを実現するか——そう考えると、ブランドとしての力を高めていくことが、一つの答えだと思うのです」。

商品そのものでユニークネスを発揮してきたブラックサンダーだが、プロモーション領域でも独自性のある取り組みを始めたのは、2011年にマーケティング部が発足してから。「五輪での一件をはじめ、ブラックサンダーは、主に外的要因によって急成長を遂げてきました。それもありがたいことではあるのですが、次の段階として、自分たちの力でいかに売るかを考える必要がある。そう考え、『いかに売るか』に専門で取り組むマーケティング部を発足させました」。

2013年のバレンタインシーズンに東京・新宿駅に掲出した、有楽製菓初の広告。

近年の特徴的な取り組みとしては、2013年にスタートした、バレンタインシーズンの「義理チョコ」キャンペーンが挙げられる。2月は、チョコレートの売上が年間で最も高まるタイミングだが、それまで、有楽製菓はバレンタインに絡めたキャンペーンを打ち出していなかった。

「チョコレートを扱うメーカーなら、当然打つべきバレンタイン施策。ブラックサンダーに何ができるか……どう考えても“本命チョコ”の用途には、応えられませんから(笑)、義理チョコに思い至るのは自然な流れでした」。

2014年から3年連続で展開している「義理チョコショップ」(左)と、2016年に初めて出店した「義理チョコのお返しショップ」(右)。

「あげる喜び、返す楽しさ」を、ブラックサンダー流に演出。ショップには人だかりが。

当時、“友チョコ”や“自分チョコ”に押され、徐々に下火になりつつあった義理チョコ文化をもう一度盛り上げたい——そんなコンセプトの下、「一目で義理とわかるチョコ」をメインコピーに掲げた、同社初の広告を新宿駅で展開。義理チョコを渡すのに必要なアイテムが一式入った「義理チョコの素」は期間中7000セットを完配し、大きな話題になった。翌年からは、東京駅一番街「東京おかしランド」内にポップアップショップ「義理チョコショップ」を展開し、2016年2月に3年目を迎えた。

「ブラックサンダーのキャラクター性にマッチした施策とは言え、3年も同じことをやっているのは、“らしくない”気もしています。もっと、皆さんに『そう来たか!』と思っていただけることを打ち出さなければと思っています」。ホワイトデーに向けて今年初めて展開した、義理チョコのお返し専門店「白黒つけない義理チョコのお返しショップ」は、ブラックサンダーの次の一手のひとつだ。

「バレンタイン、ホワイトデーというせっかくのコミュニケーションを楽しくしたいのです。あげる喜び、返す楽しさを、ブラックサンダーなりに演出しています」。

ブラックサンダーには、ブランドの価値や性格を活字で理解・共有する「プロフィール」が存在するという。ブラックサンダーにマッチした広告・イベントを考えるにあたり、迷ったらそこに立ち戻る。そうすることで、新規性があっても、ブランドのキャラクター性から逸脱しない施策を打ち続けることが可能になっている。

2016年の「義理ショップ」で販売している限定商品。「生ブラックサンダー」は連日、当日分完売。

(続きは本誌をご覧ください)


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