株式会社宣伝会議は、月刊『宣伝会議』60周年を記念し、2014年11月にマーケティングの専門誌『100万社のマーケティング』を刊行しました。「デジタル時代の企業と消費者、そして社会の新しい関係づくりを考える」をコンセプトに、理論とケースの2つの柱で企業の規模に関わらず、取り入れられるマーケティング実践の方法論を紹介していく専門誌です。記事の一部は、「アドタイ」でも紹介していきます。
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「やっぱり乗らないとダメですよね…」
「もう観念しましょう、秋庭さん」
小雪がちらつく高知の山中。岩山に向けて伸びる4センチ角の鉄パイプはいかにも細い。ささやき合う僕らの隣で、86歳の黒川さんは50ccのエンジンがついたスノコのようなお手製の装置をせっせとパイプに取り付けている。
「5年前に家内を亡くしてから、これで一人で山に入ってるき」。
肩を寄せあい、息を殺して固まる僕らを乗せて、その自家製モノレールはガタピシと斜面を登って行く。潅木を縫い、谷川を超え、やがて岩山のあちこちからにょきにょきと柚子の木が生えている一帯にたどり着いた。想像していた「果樹園」とは似ても似つかぬ、ほぼ野生の光景が眼の前に広がっていた。
今回の支援先はフードプランという高知の野菜加工業者だ。涙が出るほど清らかな仁淀川の水で育つ野菜を加工販売する優良企業だが、行動派の森下由朗社長の情熱とは裏腹に、ブランドの価値規定と表現には迷いとブレが見られた。「いくら素晴らしいものづくりをしていても、ちゃんと語られなければその価値は伝わらず、評価もされません」。ごく当たり前の指摘なのだが、これが実践できている企業は決して多くない。
中小機構の秋庭さんは、(1)経営者自身が自らの価値を客観的に把握できていないか、語れていない、(2)デザイナーやコピーライターが「どう表現するか」だけに走り「何を表現すべきか」を掘り下げきれていない、という2つの問題点を指摘する。
自社の真にユニークな価値を強く自覚し、自信を持つと、企業活動のさまざまな優先順位が決まり、迷いやブレは消える。その効果は実に大きいのだが、これを自力で行うのは実は簡単ではない。大切なのは、その価値に気づかせてくれる等身大のパートナーを得ることだ。「御用聞き」でも「偉い先生」でもいけない。語られない魅力の原石を一緒に掘り出し、一緒に磨き上げてくれる姿勢を持ったパートナーだ。
森下社長が語る話は興味深かった。が、会議室の中では感覚的にわからないことが多すぎた。僕は秋庭さんに頼んで仁淀川の水が育てる作物を自分の眼で見る機会を設定してもらったのだ。川沿いを車で遡り、伏流水を引いた畑を訪ねる。そこに育つ大根は近くに寄るのが恐ろしいほどの勢いで葉を伸ばし、人参は野草のようにたくましい。こんな野菜を見たのは初めてだった。
そうして僕らはさらに源流を訪ね、ついにこの岩山の柚子畑にたどり着いたのである。黒川さんと一緒にもいだ柚子を籠に詰め、またガタピシと持ち帰る。下りはさらにスリリングだったが、指先に残る柑橘の香りは鮮烈な生命力に満ちていた。
柚子は木製の手搾り器でひとつずつ丁寧に搾られる。握るレバーに力をこめるたび、黒川さんの小さな背中がぎゅっと丸くなる。そうやって集めた果汁で、フードプランはドレッシングをつくるのだという。「これは…おいしくないわけがないですね」。黒川さんが愛おしげに扱う柚子をじっと見つめて秋庭さんがつぶやいた。僕らは、語るべきブランドの価値の核心に触れたことを感じていた。
フードプランのブランド価値規定の1行目には「原始的なまでにたくましい自然の力」という言葉が記され、商品には「食卓の主役になる野菜」という誇りをこめ「TABLE*VEGI」のブランド名が与えられた。自社のユニークな価値の源泉を自覚した同社は、新規の取引先を仁淀川の水源地見学に案内するようになり、最近では関西方面にも販路を広げて事業を拡大しつつあるという。
吉田透
ネイキッド・コミュニケーションズ
クリエイティブ・ストラテジスト
1985年博報堂入社。2003年ワイデン&ケネディへ移籍。 2012年2月より現職。これまでにNIKE、Google、Levi’s、ワコール、 Honda、ロッテ、味の素、サッポロビール、イトーヨーカ堂、日本コカ・コーラ、JAXAなど、200以上のブランドの商品開発、広告販促企画、事業計画に携わる。中小企業基盤整備機構地域活性化支援アドバイザー。
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