取材対象者の先にある「物語」を見つける—是枝裕和監督インタビュー

——同時期に始まったミニ番組「きょうの、あきない」も、撮影対象は市井で働く人たち。これはどのように企画が生まれたのですか。

じつは、もともと伊藤忠商事は「あきないのふうけい」という番組を制作していました。その番組をリニューアルするにあたり、世の中にあるさまざまな“商い”を紹介する番組をつくろうと考えたんです。

僕が最初に書いた番組コンセプトは、「商人は職人と何が違うのか」「商人は何かと何かを交換する仕事だ」ということ。商人のキーワードは、“交換”。職人のようにつくりあげる行為とは違い、商人の仕事には「何かを交換する」行為がある。目に見えるものから見えないものまで、「お金ではないものも含めて、交換する職業である」ということをまずテーゼとして掲げ、それに沿って、いろいろな商いを取材することにしました。僕以外に、若手ディレクター5人が参加して、取材、撮影、編集までを手がけています。

——“交換”というキーワードはどんなところから?

職人と何が違うんだろう、というところから考えていって辿り着きました。さまざまな職業の取材候補を並べたときに、「それは職人だよね」「これは商人かな」と、若いディレクターと一緒に「職人と商人の違いは何なの?」と話し合いました。その後、「日付のあるもの」「5年で無くなる」「移動」「目に見えないもの」など10のカテゴリーを設けて、みんなにネタ出しをしてもらっています。

——番組を見ると、同じ“交換”というキーワードで括られていても、登場する商人のタイプが全く違いますよね。

そうですね。お金のやり取りを撮ると“商いっぽい”のですが、そこだけに特化するとパターン化してしまうので、お金以外のものを交換している商人も取り上げるようにしています。たとえば、ベトナムの理髪店。理髪師はひたすら髪を切っている中、客は自分の恋人のことを延々と話している。そこにお金のやり取りはありませんが、店と客が言葉にはできないものを“交換”していることが伝わりますよね。「きょうのあきない」では目には見えないけれど、人を想う気持ち、時間や空間、そして時には人生をも交換されている、その様子を見せていきたいと思っています。

——登場する人たちは演技のプロではない素人の方たちなのに、自然体でカメラに臆することなく振る舞っている姿が印象的です。是枝監督流のドキュメンタリー撮影のコツが効いているのでしょうか。

カメラマンがうまいんじゃないかな(笑)。基本的には「何かやってください」と、こちらが指示を出すことは一切ありません。「いつも通りに仕事しているところをそのまま撮らせてくださいね」というお願いだけ。もしかしたら、それがいいのかもしれませんね。

ドキュメンタリーを撮るときに心がけているのは、市井の人々の営みを記録するというスタンスや姿勢で臨むこと。この番組では特に、突拍子もない商売を紹介するよりも、日常の中の豊かさを見てもらいたい。人間の営みって豊かだなと思ってもらうことこそ、このドキュメンタリーの“あるべき姿”なのではないかと。視聴者は「ここには特別な何かがあるんじゃないか?」と期待するかもしれないけれど、何もないところがいいと思っています。

——このシリーズで登場したお豆腐屋さん、まさにそうですね。大豆を洗ったり、蒸したりしながらお豆腐をつくる、それを買いに来るお客さんがいて…。どこにでもある光景なのに、とても心惹かれるものがありました。

ああいう何の変哲もないものをちゃんと撮ると、見ている人たちが自分の中にあるお豆腐屋さんを思い浮かべるんです。あの映像は若手ディレクターの一人が撮ってきたものですが、最初に見たとき、僕自身、子どものときに母親と買いに行った東武練馬のお豆腐屋さんを思い出しました。浮いている豆腐を掬って、手の上に置いて包丁で切ったときに「手は切れないのかな?」と、いつも子ども心に思っていたんです。

でも、そういうことでいいんじゃないかな。映像だから、テレビだからといって、特別である必要はないんですよ。それよりも、きちんとしている日常に目を向けたい。大豆の音や色、湯気とか、そういうものをきちんと撮ってくることで、見えてくるものはたくさんある。

広島県・呉市 音戸渡船の回では、船頭さんが歌をうたいながら人を運んでいる風景が映し出されます。すると、その船頭さんを通して、場所や地域が見えてくるんです。撮影を担当しているディレクターが、その船頭さんの先にそういうものを見ながら撮っているんですね。それが、人なのか、場所なのか、時代なのかわかりませんが、そういう広がりがあるドキュメンタリーは人の心に入っていきやすいと思います。テーマは商いですが、その商いの先にある商人の、人間ドキュメントを見せていくことも、この番組のポイントですね。

ドキュメンタリーってとかく時事ネタを撮るような印象がありますが、そういうことではないんです。むしろ、そうじゃないところに、フッと出てくるものがある。だから、若いディレクターがいろいろと撮ってきたものを見ると、僕は逆に勉強になるんですよ。彼らがどこに物語を見つけているのかということに。

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