博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター/編集者 嶋浩一郎(しま・こういちろう)氏
93年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局配属。企業の情報戦略、黎明期の企業ウェブサイトの編集に関わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクター。02年~04年博報堂刊行「広告」編集長。04年本屋大賞立ち上げに関わる。現NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立、代表に。09年から地域ニュース配信サイト「赤坂経済新聞」編集長。11年からカルチャー誌「ケトル」編集長。2012年下北沢に書店B&Bをヌマブックス内沼晋太郎氏と開業。11年、13年、15年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルの審査員も務める。
■質問
日本のPRパーソンにはクリエイティビティが足りませんか?
■回答者
博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター/編集者
はい。結論から言うと、もっとクリエイティブになるべきです!そうするとスゴいことができるようになります。その理由を話します。
カンヌにPRカテゴリーができたのは、2009年のことでした。カンヌにおいてはクリエイティブなアイデアが称賛されます。「その手があったか」という斬新な課題解決が評価されるわけです。PRカテゴリーの審査においてもクリエイティビティがとっても重要で、そんな背景からも「これからのPRパーソンはクリエイティビティが必要」みたいなことが言われるようになりました。
でも、「PRパーソンにはクリエイティビティが必要」なんてわざわざ言わなきゃいけないってことは、逆に言えば「PRパーソンはクリエイティブじゃない」という共通認識があったということですよね。最近そういう縦割りな感じはなくなってきていると思いますが、「面白いことはクリエイター担当、真面目なことはPRパーソン担当」みたいな意識を持ってる人も多かったですね。
僕は2015年からヤングカンヌPR部門の日本代表を選出する審査を担当しています。この部門のエントリー資格はPR会社に所属している人だけでなく、広告会社やデジタルエージェンシーでPRに関わる仕事をしている人にもあります。もちろん、公平を期すために僕ら審査員はどの企画がどの会社から提出されたものか一切わかりません。しかし、企画書の書き方から、これは広告会社の人が書いたものだな、これはPR会社の人だなと想像できるのです。端的に言うと、広告会社の人が書いた企画書にはクリエイティブジャンプがあるけど、PRパーソンが書いた企画書は正直に言って硬い。まあ、真面目なんですね。
PRパーソンの企画書が真面目になる理由もわからなくありません。PRパーソンの普段の仕事の進め方には堅実さが要求されます。プレスリリースは企業の正式な意思表明ですからしっかりと5W1Hが記述されなければいけないし、時に堅苦しい専門用語も使われる。PRパーソンが日常的に行う多くの仕事は面白くジャンプすることより、事故なく仕事を進める堅実さが求められることが多いのです。そういう、PRパーソンの実直な仕事っぷりが企画書にも表れるんですね。広告会社の人の企画書と並べて見るとそれが如実に出る。
で、表題に戻ります。日本のPRパーソンはもっとクリエイティブになった方がいいのか?に対する答えですが。ぜひ、なりましょうよ、というのが僕の答えです。なぜなら、PRパーソンの持っている資質とクリエイティビティが掛け合わされるとスゴいことが起きるからです。
PRパーソンが仕事をするとき、知らず知らず自らの仕事に制限を設けている状況はもったいないことです。PRパーソンは自らの殻を破ってクリエイティブな仕事に挑戦すべきです。PRパーソンのスキルを持ってクリエイティブジャンプができたらどんなにスゴいか説明します。
PRパーソンは冷徹に予測ができなきゃダメ!
僕はそう思います。PRパーソンが真面目なのは、リアリティを厳しく見る目をもっているからです。広告は確実な露出が保証されています。なにしろ、お金を払っているわけですから。それに対して、PRの重要な業務の一つであるパブリシティは何の露出の保証もない戦いです。たとえ記者会見をしても、情報番組やニュース番組で露出するかどうかは保証されません。
プロのPRパーソンには冷徹な予想能力が要求されます。たとえば、記者会見のためにものすごい計算をします。こういう台本を用意すれば、番組の編集マンはこう映像を編集して、ディレクターはこんなキャプションを付けて、コメンテーターはこんなコメントをするだろうと。PR経験のないクリエイターの「テレビでも取り上げられたらいいですよね」みたいな希望的観測発言に苛々しているPRパーソンも多いのではないでしょうか。
プロのPRパーソンはアンコントローラブルな世界をマネージすべく戦ってきたわけです。与えられた状況の中でできることを冷徹に判断する。できることを見極める職人気質が、企画書を抑制的にしてしまうのかもしれません。
でも、この予測能力とクリエイティビティが掛け合わされるとスゴいことになるんです。2011年にカンヌのPR部門でグランプリだった「BREAK UP」はオーストラリアの銀行のPR施策です。「銀行はみんな横並びで、どこの銀行のサービスも一緒でしょ」という世の中のパーセプションを一日で変えてしまった仕事です。
どうやってそれを実現したのか?
ナショナル・オーストラリア・バンクは新聞に競合各行に別れの手紙を掲載、ライバル銀行の本店前にピアノ弾きをトレーターで派遣して別れの歌を歌ったり、「あなたたちは捨てられた」というバナーを付けたヘリコプターがライバル銀行の上空を旋回したりとやりたい放題。この様子はソーシャルメディアやマスメディアによって拡散され、この銀行は違うというパーセプションを獲得できたわけです。
National Bank of Australia : Break up
この仕事で注目を集めたのは、別れを演出する大胆なスタントです。しかし、それが単純に面白いからこの仕事が評価されたわけではありません。このPR施策の実行者は、どこまでやらかしたらネットで炎上が起きるのか綿密に計算していたはずです。まさに、PRパーソンが持つ予測能力とクリエイティビティの掛け合わせがあっての仕事です。
冷徹な予測能力は、クリエイティブジャンプのリスクを減らすのです。