Q:日本の市場において、広告会社と競合することはないのか。
松永:現時点で、広告会社と真正面から競合するような場面はないし、逆にPwCとしては広告会社の価値をさらに拡大することに貢献していると考えている。日本では「コンサルティング会社が欧米でエージェンシーを買収している」と言われるが、実際に買収しているのは、デジタル制作の“プロダクション”であって正確にはエージェンシーではない。
また、そもそも広告会社とコンサルティングファームに相談する企業の課題は、マーケティングと大きく括れば同じように感じるが、クライアント側の担当部署も担当者も相談する課題も種類が全く異なる。我々としては、広告会社とビジネスコンサルが密に情報を交換し、協力しクライアントに対し包括的にかつ深く貢献したいと思うだけだ。
関:コンサルティング会社がエージェンシー化しているという論調もあるが、あれはあくまで米国の状況。日本では広告会社と競合するような場面は現時点ではほとんどない。米国では広告会社が、マーケティングオートメーションツール(MA)の導入支援をしていたりする。MAの導入が進み、すでに成熟している米国では、コンサルティング会社がデジタルマーケティング領域に差別化の一環で、クリエイティブエージェンシーを買収しているのではないか。日本とは全く環境が異なると考えている。
松永:エージェンシー化することはないが、確かに近年、マーケティング領域の相談は増えている。コンサルタントの仕事は、競合他社や市場環境などのデータを分析し、経営戦略を立案し、そこからアクションに落とし込んでいく。デジタルの時代になり、この戦略立案に際して使用するデータとして、広告に関わるデータが見過ごせないものになっている。デジタル化により、一人ひとりの顧客の動線が見えるようになった今、広告の考え方も変化してきている。顧客データだけではなく、広告関連のデータも経営戦略立案に重要な情報になってきているのだ。広告業界が培ってきたノウハウを我々は尊重している。買収すれば得られるノウハウとは安易に考えてはいない。プロフェッショナル同士があくまでクライアントへの価値を向上させるためにどん欲にお互い学びあう姿が正しいと考えている。
Q:広告業界とはどのようなスタンスで付き合っていこうと考えているのか。
松永:広告会社が担うマーケティングの目的は、いかに商品・サービスのイメージを高め購買意欲を高めるか。そのために様々な広告媒体に独創的なクリエイティブを提供し続ける。そのクリエイティブな領域はコンサルティングファームが苦手な領域だ。
一方で、私たちビジネスコンサルタントは事業戦略やマーケティング戦略で市場や経営者のWillを含み論理的に“フューチャー”を創り出し提言する。我々ビジネスコンサルティングの“フューチャー”とクリエイティブな広告会社が提供する個々の商品やサービスの広告を一気通貫で提供できれば、その価値は大きい。戦略、マーケティング、広告を“フューチャー”をベースに論理性とクリエイティビティーをハイブリッドで提供していくのが広告会社とビジネスコンサルティング会社のコラボレーションのあるべき姿だと考えている。そこには支配や独占という敵対関係ではなく、あくまでお互いの“尊敬”で成り立つべきである。
現在のように商品単位のキャンペーンで、マーケティングが終わってしまうのはもったいない。今、ある商品やその広告も企業の未来をも体現する存在であるべきだと考えている。私たちが目指すのは、広告会社の仕事の領域に侵食することではなく、経営における、広告の役割の再認識を一緒につくっていくこと。そこで、広告会社とは共に戦略策定時からディスカッションするような状況が望ましいと考えている。PwCは広告会社のケイパビリティーを尊重し、パートナーシップを持って仕事を進めていくべきと明言している。
これまでコンサルティング会社は経営戦略から商品の開発にまで携わることはあっても、そこから先の「いかに商品を売るか」という詳細な広告活動には踏み込んでこなかった。だから実際にはコンサルティング会社が戦略を立てて、別に具体的な広告活動を広告会社が担うようなバトンリレー方式で仕事をしてきた。PwCは広告会社と共に一気通貫で戦略から実行まで責任をもったサービスを提供する。企業の“フューチャー”を実行レベルでも実現するには、バトンリレー方式では通用しえない市場環境になっている。私たちは、企業の“フューチャー”を常に意識した全体管理であるジャーニーマネジメントが必要であると考える。企業の未来に加え、地に足の着いた広告会社が担ってきた“今”も総合的にジャーニーマネジメントすることにより、より完成度の高いデジタルマーケティング戦略が実現する。
関:広告会社が培ってきた広告クリエイティブ領域を侵食するつもりはない。コミュニケーションのKPI設定からPDCAは広告会社のマターであると理解している。広告・商品を含んだ、ブランド全体としてのKGIを考えていくのが私たちの仕事であると考えている。
松永:いくつかの広告会社では、ビジネスコンサルティングがクリエイティブを取り込む逆の動きとして、コンサルティング機能を取り入れようとしている。しかし広告会社がコンサルティング機能をコントロールするのは難しい。それは我々も同じだ。なぜならコンサルタントが得意とするのは、左脳的思考法であり広告会社の右脳的思考とはそのままの姿では融合できない。だからこそ、私たちは広告会社をプロとして尊敬し、そのノウハウを協業という形でクライアントに提供できないかと考えているのだ。
一方、右脳的発想は経営者には理解しにくいのも事実。そこはビジネスコンサルが得意なフレームワークをクリエイティブに当てはめることでさらに経営的な人材にも広告の重要性をアピールできるはず。決して、勘と経験を否定するわけではない。重要であるとわかっているからこそ、どうやって経営層に説明できるのか我々が手助けしたいのだ。
私自身がもともと音楽家だったこともあり、クリエイティブの重要性や難しさは理解しているつもりだ。音楽においても、一流のクリエイターは勘と経験だけではなく背後には、綿密な計算、ロジカルな戦略がある。ただ、様々なメディア企業のクリエイティブに関するコンサルティングを通して、すべての人が勘と経験に頼って意思決定をすべきはないと考えている。才能あるクリエイターの可能性をつぶさないためにも2割の程度の遊びが必要で、そのために成功率を上げる8割に対して論理的なフレームワークを入れることで全体的な意思決定の底上げが図れると思う。