箭内さん!“0円”の仕事になんの意味があるんですか?

【前回コラム】「箭内さん!どうして今、ラジオなんですか?」はこちら

「好きなことを勝手にやるための免罪符」

――『月刊 風とロック』(注)、復興支援、そして「渋谷のラジオ」……箭内さんには「0円の仕事」が多いように感じられるのですが。

※注箭内道彦が取材・撮影・編集・発行人を務める、「好きな人、モノしか載せない」人気フリーペーパー。2005年4月創刊され、2014年4月に100号を迎えている。

うーん…もしかすると箭内道夫のせいなのかも知れません。僕の父です。生前、父は商売をやっていて、ものすごく下手だったんだけど、「よそより安く売る」ということだけをいつも目指していたんです。なぜか原価を割って売っていたりもしていて。もちろん、おかしいなぁと思って見ていたんです。例えば、問屋から80円で仕入れたものを90円で売って10円の利益を得るよりも、80円で仕入れたものを70円で売って、お客さんが驚いたり喜んだりしてくれるほうを選んでいた。当時の僕にとって、まったくもって意味不明でした。「なんでそんなに安いんですか!?」と言われたい一心で安くするっていう。でもその影響は、僕にとってすごく大きいものがあって、悪影響といえる部分でもあります。

だから、一昨年、表参道ヒルズで展覧会(「箭内道彦 月刊 風とロック展」)をやりましたけど、僕が『月刊 風とロック』っていうものを定価0円で100号以上続けているのも、「なんで0円なんですか!?」って言われたいがためにやっているというか……それがベースにあるんだと思います。何でも無料で奉仕したいという気持ちではないんです。

表参道ヒルズで開催した「箭内道彦 月刊 風とロック展」の様子

――『月刊 風とロック』に値段をつけるという発想はなかったんですか。

元々は、自信がないから0円だったんです。「好きなことを勝手にやるための免罪符」というか。自分が好きでやっていることに対して、とやかく口出しされたくないから、っていうのがありました。「タダなんだから文句言うなよ、文句あるなら手に取るなよ」って(笑)。

「正当な対価」っていう言葉があるでしょう?世の中のビジネスの常識からすると、『月刊 風とロック』は、「正当な対価」をとっていないわけだから、「お前のやり方は間違っている」という批判は当然あります。正当な対価を得ずに仕事をすることは、世の中のバランスが崩れることだと。そういうことをされるのは、社会にとって迷惑なんだよと。

――箭内さんが主軸を置く「広告」は、受注ビジネスですよね。基本的に、誰かから頼まれなければ仕事は発生しない。そこへの反動のようなモチベーションもあるのでしょうか。

それもたぶんあるんじゃないかな。受注型へのレジスタンスとまで言うつもりはないけれど……自分の中のバランスを取るためというか、自分で自分に発注をするというか。以前、タワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE.」のテレビCMのインタビューの中で、クレイジーケンバンドの横山剣さんが「自分のパトロンは自分でいたい」と言っていたのを思い出します。糸井さんの「ほぼ日」の始まり方も、そのことについて直接ご本人と話したわけじゃないけど、そういうことなのではないかなと勝手に思います。

『月刊 風とロック』を定価0円でやるためには、その分多く働かなきゃならないわけで、とにかく苦しい。でも、いつのまにか赤字であることが「芸」になってしまって、赤字じゃないと生きている実感を得られない時期がありました。赤字じゃないと、何だか悪いことをしてるんじゃないか、みたいな間違った強迫観念(笑)があったし、「どうせ赤字でしょ?」と言われることが嬉しくて仕方がなかった。例えば、良い写真がたくさん撮れたら、どうしてもページ数を増やしたくなってしまう。撮るのも自分、掲載する写真を決めるのも自分、そのためのお金を出すのも自分なわけですから。

長澤まさみさん主演のドラマ『値ぶみカメラ』のひとコマ

2008年にWOWOWの仕事で、長澤まさみさん主演のドラマ『値ぶみカメラ』(原作:藤子・F・不二雄)を撮ったのですが、衣装の予算が10万円しかなかった。でも、つくりたい衣装をつくるにはどうしても100万円はかかるという話になって、足りない分を自腹で出したんです。もちろん納得のいくものができましたが、経済活動としては間違っていますよね、本当に。ビジネスになってない。

――既存のビジネスの枠組みの中で、10万円の予算一杯で何とか精一杯やりくりをする人にしてみれば、「自分でお金を出すから100万円でつくります」という人がいると……。

目障りですよね。できるものが全然違ってきますし。

実家の近所の商店街にあるケーキ屋さんの主人が「素人がつくるケーキにはどうしたって敵わない」という話をしていたんです。つまり、「素人には予算という足枷がない」っていう話なんです。素人には、「300円で売るためのケーキを200円でつくって、100円の利益を出さないといけない」という決まりがないと。好きな人に食べてもらうために材料を買いに行って、生クリームは一番質の良いもの、いちごは絶対「あまおう」……なんてやっていると、材料費に1000円も2000円もかかってしまって、とても300円で販売できるケーキにはならない。それに、手間と時間を惜しみなくかけることもできる。極端に言えば、三日三晩寝ずにつくることだってできるわけです。プロは、そういうわけにはいきませんよね。

そういう、ある種“素人型”のつくり方を、僕はしてきたんだと思います。それによって圧倒的な結果を出すというか……そうするしか、この世界で自分の芽を出す方法がなかったのかもしれないですね。今思えば、そういう経験から得たものは計り知れないものがあります。

でも、やっぱり根底にあるのは、父の商売のような「意味不明」なことへの憧れなのだと思います。「バカだなあ」って言われていたいんですよね。それはたぶん、僕が元々、型にはまった人間だからだと思います。校舎の窓ガラスを割ったこともないし、盗んだバイクで走り出したこともない。正直に言うと、すごくつまらない10代、20代を生きてきた。だから、そこを壊してみたかったんじゃないかな。でも一度その快感を味わってしまうと、「そんなことするの!?」と言われるようなことを、探してでもやりたくなる。「風とロック LIVE福島 CARAVAN日本」という、風とロック一座で全国を回るライブツアーを2013年に開催しました。沖縄、札幌、長崎、広島、東京と、福島にとって“先輩”でもある、大きな苦難を乗り越えた土地に学びに行く、大きなホールでのライブだったんだけど、東京以外は全部大赤字でした(笑)。「渋谷のラジオ」も、「絶対うまく行きっこない」なんて言われると逆に嬉しくなっちゃうんですよね。

2013年に全国を回った「風とロック LIVE福島 CARAVAN日本」

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箭内 道彦
箭内 道彦

1964年 福島県郡山市生まれ。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」をはじめ、既成の概念にとらわれない数々の広告キャンペーンを手がける。また、若者に絶大な人気を誇るフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、そして2011年大晦日のNHK紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐に渡る活動によって、広告の可能性を常に拡げ続けている。東京藝術大学非常勤講師、青山学院大学非常勤講師、秋田公立美術大学客員教授、福島県クリエイティブディレクター、郡山市音楽文化アドバイザーなども務める。

箭内 道彦

1964年 福島県郡山市生まれ。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」をはじめ、既成の概念にとらわれない数々の広告キャンペーンを手がける。また、若者に絶大な人気を誇るフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、そして2011年大晦日のNHK紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐に渡る活動によって、広告の可能性を常に拡げ続けている。東京藝術大学非常勤講師、青山学院大学非常勤講師、秋田公立美術大学客員教授、福島県クリエイティブディレクター、郡山市音楽文化アドバイザーなども務める。

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