箭内さん!“0円”の仕事になんの意味があるんですか?

「0円」は、クリエイターの理想と現実の間を埋めるか

以前、NHKの経済番組『オイコノミア』に出演したときに聞いた、「社会規範」と「市場規範」の話が興味深くて。「社会規範」は、社会的なつながりや関係性、社会のルールや道徳観をもとに価値を判断し、それを自分の行動基準とすること。「市場規範」は金銭的なつながりや関係性をもとに価値を判断すること。

例えば友人から「一人ではとても手に負えない仕事だから、2時間だけ手伝って」と言わると、人はできる範囲で困っている友人を手伝いますよね。それが社会規範。でも「時給500円払うからやって」と言われると、何か心に小さな引っかかりが生まれませんか?その理由を考えてみると、「仕事の対価が金額に換算されてしまうから」ではないかと。これが市場規範だそうです。だから僕にとって「0円」は「めちゃくちゃ安い」っていう意味ではなく、「値段をつけられない」「値段をつけたくない」、クレジットカードのCMで言う「プライスレス」のようなものだと思っています。「お金なんかもらうほど、安っぽいことやってないぜ」っていう……志と誇り、モチベーションといったものに大きな影響を与えるのが、「0円」だと捉えているんです。

そういえば「渋谷のラジオ」には、ボランティア希望者が殺到していると聞きました。

ボランティアを募集したら、すぐに400人も集まってくれました。僕自身、面白そうな場をつくっているという自負はもちろん持つべきだと思っているし、「参加したくなる・首を突っ込みたくなる場をつくる」というのは、僕のものづくりの大きなテーマのひとつでもある。とは言え、ここまでボランティアで参加したいと名乗り出てくれる人がいるんだと驚きました。もちろん学生もたくさんいるけれど、プロフェッショナルとして実際にラジオ番組制作の仕事をしている人たちからの応募もたくさんありました。

驚くと同時に、「今はそういう時代なのかもしれない」とも思ったんです。自分の熱意や経験やスキルを、もっともっと面白いことに使いたいと考える人がこんなにたくさんいる。「生活の糧」としての仕事以外に、自分の力を発揮できる場を皆が探しているというか、持とうとしている時代なのではないかなと思います。いわゆる「ライフワーク」ということなのかも知れませんね。本来、人は皆、それを必要としているのかもしれない。僕は「NO LIFEWORK, NO LIFE.」と呼んでいます。

渋谷のラジオの運営を一緒にやっている、サービスグラントの嵯峨生馬さんが、渋谷のラジオで「渋谷プロボノ部」という番組をスタートさせたんです。「プロボノ」っていうのは、専門家たちが持っている職業上の知識や経験を活かしたボランティアのこと。僕の言うライフワークも、ある意味それに近い感覚があって、この連載の第1回でも、「公共性」ということについて話しましたが、例えば多くのクリエイターが意識・無意識に渇望している部分も、もしかするとそこにあるのかも知れません。「面白い」や「モノが売れる」や「話題になる」だけに留まらないクリエイティブという段階が、すぐそこに来ているんじゃないかと僕は思います。「受注」でなく「自発」でしか見えてこないものが必ずあって、そこで得たものを受注業務に持ち帰ることができたら、クリエイティブはもっと豊かになる。

――「0円」の仕事=「ライフワーク」で、それが必要なものだとしたら、「ライフワーク」はどうやって見つけたらいいのでしょうか。

僕はよく「なりたい職業より、やりたいこと」って言っていて。つまり「そもそも自分がやりたかったこと」に立ち返ることなのではないでしょうか。「プラモデルをつくりたい」「鉄道が好き」とかそういうことじゃなくて、「子どもに夢を渡したい」とか「お年寄りが元気になる社会をつくりたい」とか「皆を笑顔にしたい」とか。

「すべての仕事は誰かを幸せにするためにある」と言ったことがあるけれど、そういう仕事と、いま自分がやっている仕事の間に、もしちょっと距離があるとすれば、ライフワークは、それを埋めようとする作業なんじゃないかなとも思います。単純に「オンとオフ」とか、「つまらないことと楽しいこと」という意味ではないんですけど。

――理想と現実の間を埋める。難しさもありますね。

故・天野祐吉さんが「隠居」について話してくれたことがありました。天野さんは、2009年に「広告批評」が休刊になった頃から、ご自身を「隠居」と称していた。隠居といえば、お年寄が散歩をしたり、縁側でお茶を飲んだりしながら悠々自適に暮らすようなイメージを持つけれど、天野さんは「隠居というのは、自分の本当にやりたいことだけをしている状態。引退するのではなく、むしろ人生の夢に向かう新たなスタート。江戸時代は、そういう意味で使われていた」と教えてくれたんです。「だから、箭内さんはすでに隠居なんだよ」とも。働きながらライフワークになることをもう一つ持っている人たちは、半分、「隠居」しているんですね。「自分のライフワークを自分に問う」ことが重要なんだと思います。


「自分のライフワークってなんだろう?」

「困ってる人を助けること」
「幸せな人を増やすこと」
「悩んでいる人に光を渡すこと」

でも、何でもいいんです。こういうことって、忙しくしているうちに、いつの間にかつい忘れてしまいますよね。そもそも、なぜ自分はその仕事をしようと思ったんだっけ?という部分です。例えば、CMプランナーになるのはすごく難しい。広告会社に入って、クリエイティブに配属されて、そのあとCMの適性を見極められて……と、なるまでには何段階もある。そうこうするうちに、CMプランナーになること自体がゴールになっていってしまうんですよね。僕が受験で三浪しているうちに、合格することがゴールになってしまって失敗したのと一緒で。すると、いざなった後に、どんなCMプランナーになりたいのか、どんな大学生になりたいのかが見えなくなってしまう。一方でライフワークは、「ゴールが死ぬまで来ない」というか、続いていくから、真逆にあるなと思います。

次ページ 「仕事とライフワークの違いって、なんでしょうか。」へ続く

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箭内 道彦
箭内 道彦

1964年 福島県郡山市生まれ。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」をはじめ、既成の概念にとらわれない数々の広告キャンペーンを手がける。また、若者に絶大な人気を誇るフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、そして2011年大晦日のNHK紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐に渡る活動によって、広告の可能性を常に拡げ続けている。東京藝術大学非常勤講師、青山学院大学非常勤講師、秋田公立美術大学客員教授、福島県クリエイティブディレクター、郡山市音楽文化アドバイザーなども務める。

箭内 道彦

1964年 福島県郡山市生まれ。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」をはじめ、既成の概念にとらわれない数々の広告キャンペーンを手がける。また、若者に絶大な人気を誇るフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、そして2011年大晦日のNHK紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐に渡る活動によって、広告の可能性を常に拡げ続けている。東京藝術大学非常勤講師、青山学院大学非常勤講師、秋田公立美術大学客員教授、福島県クリエイティブディレクター、郡山市音楽文化アドバイザーなども務める。

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