過度に刈り取りに走るネット広告の問題
横山:アドテクノロジーを活用したリターゲティング広告など、広告の手段が刈り取り施策によりすぎているのではないかと感じています。広告の投資効率を考えれば一つの形態としては必要ですが、あまり「マーケター志向」ではないという問題意識を持っています。刈り取り型の施策だけだと、焼き畑農業をしているようなもので、いつか効率は下がっていく。本来、マーケターとは潜在層に働きかけて市場を創造していくことが仕事です。広告投資のアカウンタビリティの問題もあって、効果の分かりやすい刈り取り型施策に広告活動が矮小化されすぎているのではないでしょうか。
広告会社側に目を向けてもネット専業の広告会社で育ってきた人材は、市場のどこに、自分たちの潜在顧客がいるのか。その的を探すために、探りを入れていくようなマーケティングコミュニケーションの本質を分かった人材が不足していると感じます。
山本:ターゲティングがターゲットの顕在ニーズにフォーカスしすぎていますよね。
横山:ニーズだけでターゲティングすることが、デジタルの世界では当たり前のように行われていますが、本当にその発想だけでよいのか。山本さんから聞いた「ニーズと動機づけ」の概念がわかりやすかったので、説明してもらえますか。
山本:ニーズは、日本語で言えば「必要性」というより「何らかの欠乏状態」と言った方が正確だと思います。ネット広告、特に検索広告は細分化したニーズに適切な情報をマッチングしてくれるテクノロジーは非常に優れています。
ただ、あくまで細分化したニーズへの対応に向いているのであって、たとえば「喉が渇いた」といった、よりニーズが大きく充足を満たす手段が多々あるようなものには対応ができない。「喉が渇いた」を充足させる手段の中には本人が気づいていない選択肢もあるはずで、そこに気づかせてあげるのが「動機づけ」であり、現代のネット広告で実現できていないことと思います。
「喉が渇いた」の例で言えば、飲料を購入しなくとも、蛇口をひねって水道水を飲むことも、ニーズを充足させることはできます。リーマンショック発生時のように景気が低迷すると、ペットボトルの飲料さえ買わなくなる。ニーズさえ満たせば、必ず商品の売り上げにつながるわけではないということです。そこでニーズについて語るときは、この動機づけをセットで考えないといけないのですが、なぜかこのテーマが議論されなくなっている。
バブル期のように消費者側にニーズはないけれど、モノを買わせてしまった状況を経て登場したネット広告の最適化の技術は、消費者にとっても、メリットがあった。もちろん、送り手にとっても広告投資の無駄がなくなる。それ自体は間違いではありませんが、もう少し動機づけということを掘り起こしてもいいのかなと考えています。
ネットは効率重視で多様性がなくなった?
横山:かつては雑誌が典型で、パブリッシャーがいろんな意味で動機づけのテーマを世の中に発信していましたよね。
山本:雑誌は動機づけの典型ですね。
横山:でも雑誌はデジタル化の波の中で、紙の部数は落ちる一方で、オンラインでのマネタイズもままならない状況で苦しんでいるし、その中でコンテンツ開発能力を失いつつある。このままでは、マーケティングに必要な動機づけをする担い手がいなくなっていきますよね。
山本:もう少し、動機づけについて掘り下げた方がいいですかね。コトラーをはじめとするマーケティングのテキストでも、あまり深掘りされていません。心理学研究の領域になっているのですが、広告との関連性など、まだまだ研究の余地はあると思います。
動機づけに対する、注目が弱まっていますよね。その理由を考えると、動機づけって単に消費者をあおっているだけではないか、という否定的な見方が根強くあるからではないかと思います。
雑誌は動機づけするのが上手ですが「今年の春はこんなトレンドがくるよ」と発信しても、来年の春はまた違うことを言っているわけじゃないですか。そういう構造自体、消費者から見透かされてしまっていることが背景にあるのでしょう。でも、本人も気づいていない能力や機会との出会いって重要ではないでしょうか。
横山:今のような時代だから、改めて「気づき」を提供する意味が出てきたのかもしれませんね。
山本:例えば「休日を楽しく過ごしたい」という時、旅行の提案だけでなく、家で休日を楽しく過ごす方法もニーズを充足させる手段の一つですよね。もともとネットって、そういう多様性を担保した情報を得られる点が良かったのにネット広告の効率化が進んだ結果、多様性ではなくメジャーなものに流れているところに疑問を感じます。
横山:そうですよね。
山本:ロングテールのテールが細くなっている感じがしますね。
横山:キュレーションメディアやソーシャルメディアを介して情報を得るようになったいま、案外、皆が同じようなところを見ているのかもしれません。
山本:皆が見ているものに、引っ張っていく方がページビューも獲得できますし、メディアとして広告主の理解も得られますから。
横山:そうなんです。動画コンテンツをつくる際も、できるだけシェアされるものを目指す傾向にありますが、それはリーチがとれるから、という考え方ですよね。
山本:僕は、あまり動画は見ないけれど、見ても30秒以内の猫動画ばかり(笑)。でも、そこには動機づけの要素はありませんよね。
横山:ネットならではのロングテール、多様性が効率性を求める流れの中で、生かされていないですよね。
マーケティング/人材育成プランナー 山本直人氏
青山学院大学経営学部マーケティング学科兼任講師(マーケティング・プロフェッショナル実践Ⅰ・Ⅱ)。1986年慶應義塾大学法学部卒業。同年博報堂入社。制作局コピーライター、研究開発局主席研究員(兼)ブランドコンサルティングコンサルタントを経て人事局人材開発担当ディレクター。2004年8月独立。独立後は、マーケティングスキル、営業能力開発、スキル開発、若年層モチベーション向上等を中心とした人材育成コンサルティング/トレーニング、および商品開発、ブランディング、経営理念開発を中心としたコンサルティング/ファシリテーションを行う。
デジタルインテリジェンス 代表取締役 横山隆治氏
1982年青山学院大学文学部英米文学科卒。同年、旭通信社入社。1996年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアムを起案設立、代表取締役副社長に就任。2001年同社上場。2008年ADKインタラクティブ設立。同社代表取締役社長に就任。2011年デジタルインテリジェンス代表取締役に就任。ネット広告黎明期からビジネスの実践とデジタルマーケティングの理論化・体系化に取り組む。
著書に『広告ビジネス次の10年』(翔泳社)
『新世代デジタルマーケティング ネットと全チャネルをつなぐ統合型データ活用のすすめ』(インプレス)などがある。