【前回コラム】「第2回・日本初を連発したプロデュース企画者・藤田潔」はこちら
先日発売した『日本の企画者たち』(宣伝会議刊)は、広告・メディア・コンテンツ界の礎を築いた93人の列伝です。この人たちの仕事や言葉から、読者は多くのヒントや心構え、そして勇気を受け取ることでしょう。今回は、この本の中からクリエイターの言葉をいくつかピックアップし紹介します。
まず、不世出のコピーライター片岡敏郎です。彼が書いたコピーの一つ、寿屋(現・サントリー)・赤玉ポートワインの「不景気か?不景気だ!赤玉ポートワインを飲んでるかネ? 飲んでない!そうだろう!」という広告は、作者・片岡敏郎と読者が一対一で対話しています。肩を叩き合って元気づけます。会話の中にさりげなく赤玉ポートワインがある。そこが片岡の真骨頂です。片岡は社会を語りながら商品メッセージを見事に伝えます。
彼の仕事の頂点といわれる歯磨スモカでは、商品開発から流通販売までを統括しました。ここでは片岡はコピーライターではなくマーケティング・ディレクターの役割を自らに課しています。全国10万店を越える販売店にスモカ取扱いの約定を定め、厳しく守らせました。「スモカの眼目は商売ではなく商法でございます。どうか正当な『売り方』の下に正当な『売上げ』を見たいと申すのがその本領でございます」と記し、商品を勝手に値引きしたり、おまけの品物をつけて販売したりするのを禁じました。ここに、方法を重視する片岡の思想がはっきり表れています。いい売り方、いい買い方が商いの前にあります。広告は企業と消費者の付き合いであり会話なのです。片岡は広告クリエイターとしてだけではなくマーケティング全般にわたる優れた戦略家でした。
片岡は仕事を頼みに来た人に、「きみはおそらくぼくに自分のところの製品の手前ミソを書かそうと思ってきたのだろうが、広告というものは真実を表現する以外にない。…広告というものは、自分が金を出して自分をおだてているようなもので、これくらいあぶないものはないんだよ」と説き、弟子に「広告というものは、非常に効くものだけれども、また効かないものだ、自己を知れ」と諭しました。片岡は広告の立つ位置を企業と消費者の真ん中に置きました。
日本のコピーライターの先駆者といえば、まず挙げられるのは片岡敏郎と岸本水府でしょう。この二人から近代のコピーライティングが出発したと言えます。水府は歌舞伎役者になぞらえてこんなことを友人に呟いています。「片岡さんは幸四郎かも知れんが、私は福助や」。自分が福助足袋の仕事をしているのをしゃれのめし、張り合ってみせたのです。水府の作品といえば、福助足袋とグリコが2つの山と言われます。最初の福助足袋では、「足袋は福助」というコピーをつくり、この言葉は長く使われる名スローガンとなりました。当時、足袋は日の本、国誉、つちや、福助…などいくつものブランドが乱立していました。その中で客に指名されるために簡潔で力強い言葉が必要だと水府は考えたのです。
もう一つの仕事、グリコでは、「豆文広告」が岸本水府の名を後にまで伝えます。「グリコガアルノデ オルスバン」「ポケットハグリコヲイレルトコロ」「コドモハカゼノコ グリコノコ」「スベリダイカラグリコバラバラ」豆文には水府らしい詩情と童心が漂っています。水府の「豆文広告」も片岡敏郎の「スモカの広告」も新聞の読者は楽しみに読み、毎朝家庭や会社の話題にしたといいます。
名コピーを生んだ小説家として、寿屋宣伝部で活躍した開高健と山口瞳がいます。開高健のコピーの最も有名なものは、「『人間』らしく やりたいナ トリスを飲んで 『人間』らしく やりたいな『人間』なんだからナ」でしょう。この言葉は、広告コピーというよりは、生活者の呟きともいうべきもので、片岡敏郎の「不景気か?不景気だ!赤玉ポートワインを飲んでるかネ?飲んでない!そうだろう!」を想起させます。言葉の書き手と読む人がバーか安酒場で肩を並べて意気投合している風景が見えてきます。
こんなコピーもあります。「跳びながら一歩ずつ歩く。火でありながら灰を生まない。時間を失うことで時間を見出す。死して生き、花にして種子。酔わせつつ醒めさせる。傑作の資格。この一瓶」。イメージ喚起力のある詩的な表現です。開高健は言葉の錬金術師であり、広告コピー、小説に共通して強靭な文体を駆使し独自の表現をつくりあげました。
山口瞳の広告コピーの出世作は、「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」です。この時代の日本人の憧れを象徴しています。そして長く続いた「成人式」と「新入社員」へのメッセージ広告は、山口瞳のコピーの代表作です。たとえば、「人生仮免許」と題した広告は、「二十歳の諸君!今日から酒が飲めるようになったと思ったら大間違いだ。諸君は、今日から酒を飲むことについて勉強する資格を得ただけなのだ。仮免許なのだ」とコピーは始まります。人生の先輩の暖かい眼差しで酒の呑み方を教えています。山口瞳の広告コピーは個人としての若者へのメッセージであり、いわば「私広告」とでもいうべきものです。厳しい先輩だが、心根は優しい、そんな年長者からの励まし、忠告が読む者に素直に伝わってきます。
「日本の企画者たち」にはクリエイター、コンテンツメーカー、メディア改革者、企画力に富む経営者など93人が一堂に会しているのです。