全国数多くの自治体でもシビックプライドを掲げた取り組みが見られる中で、『シビックプライド2【国内編】—都市と市民のかかわりをデザインする』が発売となりました。海外事例を集めた『シビックプライド—都市のコミュニケーションをデザインする』の続編です。今回は、今回は、大阪府立大学大学院 武田重昭氏が、シンガポールのシビックプライドについて解説します。
シンガポールの玄関口、チャンギ国際空港に降り立つと、色とりどりの蝶が舞うバタフライガーデンや室内の大規模な壁面緑化とあわせて、こう書かれた大きなキャンペーンボードが私たちを迎えてくれる。
SINGAPORE, OUR CITY IN A GARDEN
“ガーデン・シティ”から“シティ・イン・ア・ガーデン”へと 都市ビジョンを展開したシンガポールの取り組みの背景には、対外的なイメージ発信による観光や投資の誘致の一方で、持続可能な都市のためにシビックプライドを育む環境をつくり出そうという姿勢が感じられる。シンガポールの緑地施策の変化からアジアにおけるシビックプライドのあり方を考えてみたい。
世界にアピールする“ガーデン・シティ”の誕生
1965年に独立したこの小さな国は、昨年、建国50周年を迎えたばかりのまだ歴史の浅い国である。しかし近年、世界銀行が最もビジネスのしやすい国にあげるなど、アジアだけでなく、世界的にもシンガポールの存在感はますます高まっている。その背景にはアジアのハブとしての立地の良さや優遇税制の仕組みなどがあげられるが、加えて、建国当初から当時のリー・クアンユー首相の強いリーダーシップによって推進されてきた“ガーデン・シティ”という都市ビジョンが大きな意味を持っている。
独立当時、人口200万人ほどの資源にも産業にも乏しい島国であったシンガポールが国家として発展していくためには、観光や企業誘致など、外貨の獲得に頼らざるを得なかった。そのためには、外国人が安心して訪れ、投資してみたいと思わせるような魅力的な都市環境の整備が不可欠であった。そこで推進されたのが“ガーデン・シティ”というスローガンのもとに展開された、都市緑化による対外的なイメージ戦略である。世界的にも最先端の緑地計画や緑化技術を取り入れ、快適で清潔な都市イメージを発信し、海外からの投資を招き入れることで、シンガポールはみるみる国際的な競争力を高めてきた。具体的には、街路樹や花壇の量的な整備により街並みに潤いをもたらすことや高速道路などの都市インフラを積極的に緑で覆うことで緑豊かな都市基盤の整備を進め、庭園のように美しい都市を実現した。
さらにガーデン・シティの取り組みは、専門家会議の設置や担当部署の組織化、緑だけでなく水も含めた総合的な環境計画の推進、基金の設立など、国家の基幹的なプロジェクトとして拡充されてきた。そして2001年に発表されたシンガポールの総体的な都市計画であるコンセプトプランにおいて、“ガーデン・シティ”の概念を一歩進めた“シティ・イン・ア・ガーデン”という新たな方針が示された。
“シティ・イン・ア・ガーデン”というメッセージ
“シティ・イン・ア・ガーデン”とは、庭園のような緑あふれる都市“ガーデン・シティ”をさらに発展させ、都市全体がまるで庭園の中にあるようなイメージを訴える都市ビジョンである。単純には、これまでの都市空間の緑化だけでなく、都市周縁部の広域の緑地をネットワークさせ、島全体で都市と自然との共生を図ろうとするものであり、対象とする“ガーデン”のエリアを都市計画から国土計画に拡大したものと捉えることができる。しかし、そこには単なる規模の拡大だけではない複合的な目的が存在している。
“シティ・イン・ア・ガーデン”の最も象徴的な取り組みは、シンガポール川河口部のベイ・サウスと呼ばれるエリアに出現した、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイやマリーナ・ベイ・サンズといった広大な庭園と巨大な建築物からなるリゾートエリアである。世界最大規模のカジノを有し、天空に浮かぶ舟型のホテル屋上からは世界一高いプールで泳ぎながらマリーナ・ベイや超高層のスカイラインを見下ろすことができる。また、スーパーツリーと呼ばれる巨大な人工樹は夜には妖艶な光を放ち、世界最大の無柱温室にはバオバブなど世界各地の珍しい植物が集められ、室内につくられた35メートルもの人工の山からは滝がしぶきをあげてこぼれ落ちる。これらの開発は明らかにシンガポールの新しい都市イメージを牽引し、世界中の目を惹きつけ、観光や投資を呼び込んでいる。その面でこれらの開発は、これまでシンガポールが取り組んできた“ガーデン・シティ”施策の目標である、魅力的な都市イメージを対外的に発信するという戦略をさらに強化するものである。
特に私たちのような外国人観光客は、このような国威発揚型の大規模事業ばかりに目が向けられているが、その一方で“シティ・イン・ア・ガーデン”の取り組みは、都心部だけでなく、多くのシンガポール市民が暮らす郊外の住宅地エリアでも展開されている。実は、“シティ・イン・ア・ガーデン”のもう一つの重要な側面は、市民のための生活空間の質の改善や市民の都市に対するリテラシーの向上を通じたシビックプライドの醸成にある。では、なぜいまシンガポールは、シビックプライドに目を向けているのだろうか。(後編に続く)
武田 重昭(たけだ・しげあき)
1975 年神戸市生まれ。大阪府立大学大学院修了後、2001年より独立行政法人都市再生機構にて団地屋外空間の計画・設計や都市再生における景観・環境施策のプロデュースに携わる。2009年より兵庫県立人と自然の博物館にて将来ビジョンの策定や生涯学習プログラムの企画運営を実践する。2013 年より大阪府立大学大学院生命環境科学研究科助教。ランドスケープの視点から都市空間とそこでの人々の生活との関係性について研究している。博士(緑地環境科学)。技術士建設部門(都市及び地方計画)。登録ランドスケープアーキテクト。著書に『いま、都市をつくる仕事:未来を拓くもうひとつの関わり方』(共著、2011)など。