戦略と実行のギャップは企業のアイデンティティが関わる
戦略と実行のギャップが大きい企業ほど失敗しやすいという主張は、目新しくはありません。ただし、『Strategy That Works』の指摘が面白いのは、その戦略と実行のギャップが生じる根本原因が、その企業のアイデンティティと能力との一貫性にあると論じている点です。
企業のもつ「目的」と「らしさ」(企業文化)にともなって、コアコンピタンスや組織能力が伸びているのか、という視点です。売上を伸ばしている企業が陥りがちな罠とは、成長しているという理由だけでその市場に参入し、企業全体の本来の能力と異なることに企業を拡大していくことです。
これは過去に、FMCG(fast moving consumer goods・日用品)やメディカル業界でよく見られたM&Aによるコングロマリット化です。その結果、現在ではそのアイデンティティと能力との一貫性が見られなければ、業績面でもトータルでメリットが得られていないということを、彼らは財務的な分析で実証しています。P&Gのビューティブランドの売却はこのことが理由と指摘しています。
そして、このアイデンティティこそ、BCGの議論に欠けていた「なぜ?」に答えるものであると言えます。同様のビジネス環境において、なぜブランドがその事業を選択して展開すべきなのか、というそもそもの問いについて答えるためには、実行そのものを可能にする能力についての問いに答えなければならないということです。
逆に言えば、違和感があるような事業にまで多角的に展開するブランドというのは、その企業の持つアイデンティティや目的がより大きな理念であり、同時に参入する業界にとって彼らのコアコンピタンスや能力が競争優位性を持つ、ということでもあります。すぐに思い浮かぶのは、リチャード・ブランソンのヴァージングループや、イーロン・マスクのテスラモーターズや他の事業、そしてラリー・ペイジのアルファベットグループでしょう。彼らはBCG的にはそれぞれ事業によって用いる戦略は異なっていますが、PwC的には一貫していると言えるでしょう。
戦略と実行のギャップの問題は、そのように考えると、よくある問題であるというよりも、それが企業そのものの目指す目的や持っている企業文化についてよく考えてなければ、そもそも必要な能力を伸ばす方向が見えてこないということです。
この問いの示唆は、経営だけでなく、マーケティングにも当てはまるはずです。
その施策を選択したり、実行したりすることをブランドや組織能力の課題と考えるよりも先に、自社の目的やアイデンティティに対する明確な理解がない限りは、その投資自体が無駄になる可能性があるということだからです。