料理の世界では、ユーティリティーな力が必要不可欠
渡辺:今の広告の世界は、専門性よりも万能性が問われるように感じていて。
とにかくこれが得意!というスペシャリストよりも、何でもできて仕事を確実に動かしていける、ユーティリティープレイヤーが求められているように思うんです。専門性の深さと幅の広さについてお聞きしたいのですが、料理の世界では、和食も洋食も中華も、なんでもバッチリつくれますという方はいらっしゃるんですか?
青柳:じつは料理の世界では、「なんでもつくれる人になる」ことが、修行時代において一番重要なんです。シェフになるためには、まずシェフの要求にすべて答えられる二番手にならなければいけない。例えばフランス料理の中で、シェフが和的なニュアンスを表現したい時や、中華のニュアンスを表現したいと考えた時に、「わかりません」では許されない。フランス料理の知識しかない人間は、シェフの要求に答えられない。つまり、なんでもできるユーティリティーな存在になることが不可欠なんです。
なんでもできるからこそ、自分の得意な料理や表現したい味が見えてきます。自分が魚料理が得意だからといって、フランス料理では魚だけをお出しするわけにはいきません。お肉も大事ですし、前菜も、メインも、デザートも。すべての料理を完璧に仕上げなければならない。そういう下準備ができないままシェフになると、お客さまのご要望に答えることは難しいですよね。そのためにも修行の時間は大事です。
渡辺:「スペシャリストになるために、ユーティリティーな能力が必要」というのは、すごく新鮮な考え方ですね。でも考えてみると、自分の若手時代も、得手不得手や自分の好みなど考える余裕なく、ただひたすらに目の前のボールを打ち返した時代があって、その経験が自分の基礎になっているということもある気もします。ところで、青柳さんの考える「優れたシェフ」像というのはありますか?
青柳:基本的にはお客さまが決めることだと考えています。ただ、私が大切だと思うのは、「どれだけお客さまと一緒の目線になれるか」です。とくに披露宴のお料理は、その気持ちがないと本当に難しい。新郎新婦やそのご家族にとっては、一生に一度きりの特別な日の料理ですから、気持ちの上では自分たちも家族の一員になってつくるぐらいの覚悟が必要です。
渡辺:お客さまと一緒の目線になるために、必要なことは何ですか?
青柳:「NO」と言える勇気です。
結婚式場というのは、お客さまがやがて帰ってくる場所なんです。以前、東京ベイ店で責任者をしていた時に、10年前に式を挙げられたご夫婦が、お子さんを連れて遊びに来られたんです。その記念に、お子さんと一緒にチャペルでお写真を撮って差し上げたんですね。お母さんがお嬢さんの手を引き、お嬢さんはワンピースの裾を持って、チャペルの大きな階段を降りてくる。お母さんがお嬢さんに「パパとママもこの階段を降りたのよ。その時のビデオが好きで何回も見てたもんね」とお話をしているんです。その風景を見ながら、お父さんはちょっと涙ぐまれている。
その光景を見た時、ゾクゾクしました。新郎新婦お二人に対しての責任はもちろんありますが、10年経てばお子さまたちに対しても責任がある。そう考えると、帰ってきていただける場所を守り続けることもすごく重要なんだなと思いました。
僕らにとっては単なる職場かもしれないけれど、お二人にとっては新たな人生のスタート地点です。その役割を全うする意味でも、料理のリクエストやご要望にはできる限り対応する必要があります。
一方で、お客さまからのどんなリクエストに対してもYESと答えることが正義かというと、決してそうじゃない。間違いがあってはいけないですから。「多分、大丈夫でしょう」という曖昧な返事はダメです。我々はプロですから、無理なことは無理ですとハッキリお伝えしなくてはなりません。そのときに大切なのは、「それは無理ですが、こちらではどうでしょう?」と代替案を必ずお出しすること。そのための研究とリサーチは欠かせません。