宇宙飛行士から見て「これはリアルだ」と感じる宇宙映画は?(ゲスト:野口聡一さん)【後編】

宇宙へ行くと、身体はどう変わるのか?

権八:肉体的に、「あ、これ変わっていくな」と体で実感することはあるんですか?

野口:我々は今のところ滞在期間が半年で、つい先日アメリカ人とロシア人のペアで1年間滞在というのはありましたが、せいぜい無重力の環境で過ごしたのは1年ちょいですから、地球に戻れば、基本的には元の状態に戻ります。ただ、これが5年、10年、あるいは宇宙空間で生まれた人類ができるようになってくると変わりますね。恐らく一番変わるのは、人間の体は地球の重力にいかに耐えるか、背骨がカシッと重たい頭を支えるかといった形で最適化されています。

足もそうですが、筋力は重力に逆らって動くために発達しているので重力がなくなると恐らく足腰が強い必要はほとんどなくなっていくと思います。下世話な話じゃないですけど、今も長く座っているとお尻が痛いという感覚があるじゃないですか。あれが地球に戻ってくるとほんの2、3分で尾てい骨がお尻の筋肉に突き刺さる感覚がたまらなく痛いんですよ。

澤本:座ってるだけで痛いんですか?

野口:宇宙では座ることがないので。そうするとお尻の筋肉が弱くなって、足の裏もそうですが、あるいは座っているときの太ももの裏側あたりも。ここがじつは何十キロという重さを支えてくれている。これが半年間ないと、座ると尾てい骨が凶器のようにお尻に突き刺さる感覚があって、座っていられません。かたや、立ってると足の裏が痛いので、立ってもいられないという。もうどうしてくれようという感じですね。

権八:面白い!

澤本:僕らは気がついてない内に、いろいろな筋肉が働いて、支えてくれることを実感するということですよね。

野口:逆にいいのは、僕は肩凝りがありますが、宇宙に行くとなくなるんですよ。重い頭蓋骨を支えなくていいので腰も痛くないし、肩凝りもなくなる。これだけ肩は頑張ってるんだ、ということがわかりましたね。

澤本:ということは頭蓋骨って重いんですね。

野口:重いですね。ボーリングの球ぐらいとよく言いますけどね。

権八:今は大丈夫ですか? お尻は痛くないですか?

野口:今は大丈夫です。帰ってきて数年経つので、また地球型に戻りました。

権八:内臓は大丈夫ですか?

野口:内臓もたぶんあると思います。長くなればなるほど、影響が出ると思いますが、無重力になってもなんということもなく、水が飲める、ごはんを食べるということに適応してしまうので。特に、スペースシャトルの時代は緩かったので、宇宙飛行士が泊まっている寮みたいなところがあるんですけど、打ち上げ当日の朝にその寮のおばちゃんがサンドウィッチをつくってくれるんですよ。

だから、オレンジ色の宇宙服の中にサンドウィッチを入れて、宇宙に行って、宇宙食を食べる前に最初にそのサンドウィッチを食べるんです。宇宙では浮いてるわけだから、人によっては体中の血が頭のほうにいっちゃって、いわゆる逆立ちしたような状況で気持ち悪いという人もいます。きっと胃や消化管も全部そうなっていると思いますが、食べると普通にどんどん食べちゃうんですね。口から食道を通って、ちゃんと胃にいってというのが無重力でも。それはすごいと思いませんか?

澤本:すごいですよね。なんでだろう?

野口:46億年、地球の重力環境下で進化してきた人類が無重力でも水や食べ物を口から入れて、ちゃんと消化器官に通して排泄できる仕組みがあるというのはね。

澤本:考えたら水は浮いているものだから、口に入れたって重力がなければ下にいかないじゃないですか。

野口:そう。どこにいくかわからないはずですよね。鼻から出ちゃうとか。

澤本:でも、胃にいくと。ちゃんと運動してるということなんですね。

野口:そうなんです。お医者さんに言わせると、「寝て食べてもそうでしょ」と言うんですけど、完全な無重力になっても心臓も止まらないし、ご飯も食べられる。肩凝りがない、お尻が痛いという話は別として、重力が変わっても、ちゃんと地球型の生命体は生きていけるというのは発見ですね。

澤本:この先2020年など、いろいろありますよね。まず、この先の宇宙はどうなっていくんですかね?

野口:2020年というと先の感覚かもしれませんが、我々、有人宇宙をやっている人間としてはもう2020年です。その後の2024年ぐらいまでは、今の国際宇宙ステーションで長期滞在を続けて成果を出していきたいと。その後、より遠くへ、より長く。先ほどいったような距離と時間と環境を克服していく取り組みがきっとはじまると思います。その先が月なのか、火星なのか、それともワープホールを抜けて別の宇宙へ行ってしまうのか(笑)、それはわからないですけど。先ほどから話に出ている地球型生命体の活動範囲を広げていくという目的で、我々の挑戦はきっと続いていくと思っています。

澤本:ワープホールってあるんですか?

野口:去年の映画『インターステラー』は面白い映画でしたよね。科学的かどうかは別として、ブラックホールの先の世界、いわゆる特異点と言われるところ。そこは想像してはいけないというのが物理の世界のお約束なわけです。だけど、そこから先にあるものを追っていくことで新しい世界が広がっていくんじゃないかと思いますね。

中村:何でしょうね。僕も今聞いていて鳥肌が立ったんですけど、なぜこういう話をするとワクワクするというか。人ってそうなんですかね。宇宙がみんな好きな理由というか。

澤本:何だろうね。過去に宇宙にいたのかね。ずっと昔。

野口:おー、素敵なこと言いますね。さすが御大。

一同:

澤本:御大じゃないですよ、やめてください(笑)。

野口:発言に重みがありますね。

中村:残念ながら、あっという間にお別れの時間が近づいてきているんですが、4月からJAXAの野口聡一さんはNASAの野口さんになると。

野口:NASAという環境で、また1から鍛え直して、次の宇宙に挑んでいきたいと思っております。

中村:最後に一言だけ、番組を聞いているリスナーにメッセージをお願いします。広告業界を目指す人や就職活動に悩む若い人が多いらしいので、そのあたりの世代に何か。

野口:宇宙はそんなに遠い存在ではなくて、みなさんの夢のほんのちょっと先にあると思います。ですから、みなさんが今やりたいことを目指していくなかで、もしかしたら自分がやっていることが宇宙で使えるんじゃないか、あるいは、このプロジェクトを宇宙でやったら面白いんじゃないか。ぜひそういうことを追いかけてもらって、みなさんと宇宙で一緒に仕事ができることを楽しみにしています。ということで、宇宙へ先に行って待っています。野口聡一でした。

中村:かっこいい! 今夜のゲストはJAXAの宇宙飛行士グループ長で、宇宙探検家協会会長、宇宙飛行士の野口聡一さんでした。ありがとうございました。

<END>

構成・文 廣田喜昭

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