農産品の背後にある食文化という物語
2013年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。四季が明確な日本には多様で豊かな自然があり、そこで生まれた自然を尊ぶ日本の食文化が文化遺産として認められたことは、各地域の農産品の販売にも新しい可能性を拓いていると思います。
各地域で生産される農産品の背後には、その地域ならではの食文化や伝統、物語があります。バラエティに富んだ郷土食は、農産品の販売に際して、魅力的なコンテンツとなりうるものです。農産品の味だけでなく、そうした食文化や歴史を活用した付加価値づくりを考えていく必要があるでしょう。
また農村・漁村での「体験」をセットにした地域産品の魅力の発信も始まっています。今の子どもたちにとっては、自然に触れる機会が身近にないため、農村・漁村での体験が魅力的なものになっています。「農村版キッザニア」とも言えるビジネスが、いま注目され始めています。
こうした体験の提供は国内から人を集められるだけでなく、近年、ヨーロッパを中心に外国人観光客にも人気になっています。日本の農村・漁村の自然や人情に魅力を感じ、人気化する地域も出始めています。
農業体験が魅力的な商品に
これまで生産者は、生産物を販売するところでしか利益は得られませんでした。しかし、例えば地引網も観光地引網にしたとたん、それまで労働だったものが、お金を払ってでも参加をしてもらえる商品になります。生産プロセス自体を体験として商品化することができるだけでなく、例えば自分で田植えして稲刈りしたお米には、価値を感じてくれるはず。農作業に関わった人は、最終的な生産物にも付加価値を感じてくれる可能性が高い。これも地域の農産品の魅力の発信、付加価値づくりに大いに役立つと考えています。
外国人観光客を迎え入れるのも、必ずしも英語を話せる必要はなく、一緒に作業をして、ありのままの日本の魅力を感じてもらえればいい。とは言え、観光地化には、ある程度のお客さまに対する配慮の視点も必要で、受け入れ態勢の整備は今後の課題だと思います。現在は、この整備がまだ十分ではありません。
2020年東京オリンピック・パラリンピック開催時には、多くの観光客が日本を訪れます。ホテル不足も深刻化するはずですし、そこで農村が宿泊施設のバッファ機能を担うことも期待できます。ピーク時に合わせ、都内のホテルを建設するわけにはいきませんが、ピーク時に、農村が観光や農業体験と合わせて、宿泊施設としても機能しうる体制の整備が必要だと考えています。
ただ、地域の人にとっては、当たり前のように自分たちの身の回りにあるものの、何が都市の人や海外の人に魅力として受け入れられるのか、なかなかわからないところがあります。地域の人の価値観と、都会の人の価値観との違いを見つけていくことが必要で、そこでは都会の視点を持った人の手助けがとても重要になると思います。
ニッチな魅力であっても、インターネットで世界に発信ができ、ファンを集められる時代です。多様性を基盤とした、農村・漁村の魅力づくりが地域の活性化にとって重要になってくるのではないでしょうか。
末松広行(すえまつ・ひろゆき)Hiroyuki Suematsu
農林水産省 農村振興局長
1983年農林水産省に入省。著書は『解説食品リサイクル法』、『解説木材利用促進法』、『食料自給率のなぜ?』等。バイオマス・ニッポン、食育推進、木質バイオマス活用などに関心を寄せる。東京農業大学・筑波大学・神戸大学客員教授、地域活性学会理事。
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