7つの戦略論をコンパクト解説 その3「エンゲージメント論」「クチコミ論」

クチコミの目的は、リーチの獲得ではない!?

『手書きの戦略論』では、7つ目の戦略論としてクチコミ論を入れています。クチコミはこれまであげてきた6つの戦略論と並列の戦略論なのか? 大いに議論があると思いますし、僕も判断に悩みましたが、あえて入れています。なぜなら、今や、企業から直接伝えられる情報よりもソーシャルメディアなどを通して知人友人を介した情報のほうが信頼も共感もできるということが、世界中の調査からも明らかになっているから。

もちろん、ソーシャルメディアの普及以降、クチコミの伝播力が飛躍的に高まり、その意味が根本から変わったことも理由のひとつ。ちなみに、『手書きの戦略論』では、旧来の「口コミ」と区別して、「クチコミ」と表記しています。

7. クチコミ論:情報の「人づて」が、人を動かす。

ソーシャルメディア上で、情報が信頼と共感をともなって拡散することを狙う戦略。「ファンづくり」「ムーブメントづくり」が目的。アンコントローラブルな部分が多く、理論としてはまだ発展途上。

まだ歴史の浅い戦略論ですが、生活者がウェブで手軽に発信できるようになった2000年頃から、Web2.0期、バイラルムービー期、SNS期と、以下のような変化をたどってきました。

・Web2.0期
ブログや掲示板、クチコミサイトなど、プログラム言語がわからなくても情報発信できる仕組みが整った時期。インフルエンサーに情報を語ってもらうなど、さまざまな施策が編み出されました。一方で「やらせ」や「ステマ」などの問題も。

・バイラルムービー期
GoogleがYouTubeを買収し、世界的に動画が共有されるインフラが整ったタイミング。クチコミの波及力に動画というコンテンツを掛け合わせることで、よりパワフルに。世界的に話題になったキャンペーンとしては、Sony Bravia「Balls」、Unilever Dove「Evolution」、Cadbury’s「Gorilla」などがあります。

・SNS期
FacebookやTwitter、LINEなどが普及し、SNSを前提にしてクチコミ戦略が組み立てられるように。バイラルムービー期との違いは、マス広告を一切使わずとも、SNS等で動画も瞬時にどんどんシェアされていくということ。日本では「忍者女子高生」(サントリー)、「爆速エビフライ」(NTTドコモ)、「雪道コワイ」(オートウェイ)などが大きな話題に。この時期にはクチコミの発信者として、「アドボケーツ」と呼ばれる、ブランドに関与し「語りたい」という気持ちが強い一般の人たちの発信力や波及力にも注目が集まりました。

ところで、そもそもクチコミの目的とはなんでしょう? SNSで話題になった、動画がたくさん視聴された、だからどうなの? と。クチコミを使って情報を拡散させるのは、単にコストをかけずにリーチを獲得したいということだけではありません。

クチコミを通して何を目指すべきなのか? それは、そのブランドのファンをベースにオーガニックに生まれる情報拡散を目指す「ファンづくり」と、人から人へと情報が広がっていくことでブランドの勢い、活力、盛り上がり、メジャー感の獲得を目指す「ムーブメントづくり」。大きく分けて、その2つあると、僕は考えています。

効果検証の手法も発展途上で、しかもアンコントローラブル、クチコミを起こすための方法論の確立もまだまだですが、人を動かす「動力」としての影響が増している以上、目的を明確にして活用していくべき戦略論であることは間違いないでしょう。

全体最適のための、戦略の共通言語をつくりたい

さて、これで4回にわたってお届けした連載もおしまい。最後になぜ『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』という本を書いたか、アドタイで連載を書かせていただくことにしたのかを少しだけ。

僕はマーケティング・コミュニケーションのプランニングの現場で働き、今年で19年目。最近つくづく思うんです。人を動かすのはホントに難しくなった、と。しかも、マーケティング・コミュニケーションの領域が拡大するにしたがって、会議がすれ違ったり、優先順位をどうつけてよいかわからなかったり、さまざまな問題が起こりはじめている。

マス広告を専門にする人、ネットの運用広告を担当する人、ソーシャルメディアの運用をしている人では、そもそも人を動かす哲学が違っていて、どこがどう違うのかすら理解しあえてないことも多く、会議や戦略が混沌としてしまうケースも見かけます。

また、人を動かすのが難しくなったということは、言い換えれば、私たちマーケッター/プランナーが向き合う課題は、ひとつの戦略論では解けないということでもあります。だからこそ、7つの戦略の統合が必要になっているのです。

僕たちは、部分最適を越え、全体最適を考えていかなくてはいけない。そのためには、自分がこれまで経験を積んできた戦略分野だけでなく、それ以外の戦略論を知り、「心理工学」としてのコミュニケーション戦略を俯瞰することが必要です。視座をひとつ上げることではじめて、全体最適が考えられる。それがより良く、よりクリエイティブな解決に結びつくと僕は信じています。

専門性が異なるプロフェッショナルの間の「共通言語」、広告主サイドとエージェンシーサイドの「共通言語」として、『手書きの戦略論』で示した7つの戦略論を活用していただけたら、とてもうれしいです。

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磯部 光毅
磯部 光毅

アカウントプラナー
1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1997年博報堂入社。ストラテジックプランニング局を経て、制作局(コピーライター)に転属。2007年独立し、磯部光毅事務所設立。主な仕事に、サントリー「JIM BEAM」「ザ・プレミアムモルツ」「伊右衛門」「伊右衛門特茶」、トヨタ自動車「G's」、ダイハツ「タント」、コーセー、KDDI、Google、味の素、AGF、花王、ティファニー、ブリヂストン、三井不動産、カルビーなど。ブランドコミュニケーション戦略を核に、事業戦略、商品開発からエグゼキューション開発まで統合的にプランニングすることを得意とする。受賞歴にニューヨークフェスティバルズAME賞グランプリ、ACC CMフェスティバル ME賞メダリストなど。著書に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(共著、宣伝会議、2013年)、『アジアマーケティングをここからはじめよう』(共著、PHP出版、2002年)、『ニッポンの境界線』(共著、ワニブックス、2007年)がある。

磯部 光毅

アカウントプラナー
1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1997年博報堂入社。ストラテジックプランニング局を経て、制作局(コピーライター)に転属。2007年独立し、磯部光毅事務所設立。主な仕事に、サントリー「JIM BEAM」「ザ・プレミアムモルツ」「伊右衛門」「伊右衛門特茶」、トヨタ自動車「G's」、ダイハツ「タント」、コーセー、KDDI、Google、味の素、AGF、花王、ティファニー、ブリヂストン、三井不動産、カルビーなど。ブランドコミュニケーション戦略を核に、事業戦略、商品開発からエグゼキューション開発まで統合的にプランニングすることを得意とする。受賞歴にニューヨークフェスティバルズAME賞グランプリ、ACC CMフェスティバル ME賞メダリストなど。著書に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(共著、宣伝会議、2013年)、『アジアマーケティングをここからはじめよう』(共著、PHP出版、2002年)、『ニッポンの境界線』(共著、ワニブックス、2007年)がある。

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