このエンブレムは「サイバーパンク」だと思っている
「エンブレムが発表されてから、会ったこともない学者の方がこの紋様の作り方を解説していたり、勝手にジェネレーターみたいなものが作られていたり。本当にSFみたいだと思って。集合知によるものづくりが、長らく夢だったんです。市松模様だから『伝統』みたいに言われるけど、言ってみれば、これはサイバーパンク(個がより大きな構造の中に取り込まれていく意)でもあります。僕自身は、『算数』以上のものはわかりません。けれど、このエンブレムが新しい世界への扉を開けてくれる気がしています。すごい才能とこのエンブレムが出会って、想像もしなかった表現が出てくるかもしれない。プログラムを習っている子どもが考えてもいい。自分が作った仕組みが集合知の上でどう花開くかに期待しています。もちろん著作権で守られているものですが、構造そのものはむき出しですからね。そういう意味で、これは僕の幾何学の集大成ではなくて、このエンブレムはこれからなんです」。
エンブレムの発表後、メディアの取材も多数受けた。その中で「このエンブレムが何なのか、わかりやすく、はっきり定義してほしいと要望されている」と感じたという。「でも、僕はなるべく見る人の想像の余地を残しておきたいし、幾何学形態は見る人によって違うものが掘り起こせる、オルタナティブなものだと思う。僕の話し方の癖でもあるんですが、あえて『もごもご言っていたい』と思っています(笑)」。
最後に、自身がオリンピックのエンブレムデザイナーになることをどう感じるか聞いた。「喜びがある一方で、戸惑いもあります。一見単純な幾何学が通ってしまったんですから。元々建築家を目指していたからかもしれませんが、長く残りたい、残したいという意識はあるんです。ただ、その長く持つというのは何であろうか、というところですね」。
「つながる」をテーマに制作を行う野老さんにとって、長く残るというのは、自身のデザインが手つかずのまま記憶され続けることとは少し違う。さまざまな人の手に渡り、変化しながら息づき続けるということを意味しているようだ。「プロの方々がどう料理するかも楽しみですし、あとは子どもたちと何かできたらいいなと思っています。五輪って、『社会』でも『美術』でも、いろんな科目で扱われるテーマでしょう。今回はそこに『算数』も入った。校庭で小学生とダンボールをチョキチョキ切りながらワークショップをしてみたい」。
紋様というデザインジャンルの一番の特徴は、「部分を作ることで、まだ見ぬ全体が同時に決定していく」ことだろう。今回のエンブレムは、これから描かれていく大きな全体像の最初のパーツの提示に過ぎず、そのプロセスは、あらゆる人に気持ちよく開放されている。そういう意味でも、これまでにない“異色”のエンブレムである。
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