戦略を使い分け、組み合わせるとは?サントリー、トヨタの事例から
磯部:具体的に、野添くんと一緒に手がけた仕事で説明すると、サントリーのウイスキー「ジムビーム」は、「ポジショニング戦略」を使った事例です。2014年からサントリーがジムビームを取り扱うことになり、大きくブランディングを舵切りするタイミングで関わったんです。
野添:ライバルであるジャックダニエルとの二項対立を作る、という考え方ですよね。ジャックダニエルは「ロック」や「反骨精神」のイメージを打ち出して、いわば“アンチスタンダード”でブランディングをしていました。シンボルカラーは「黒」。そこで、ジムビームはその真逆のイメージ、つまり「白」で「オープン」で「クリーンネス」なイメージを徹底的に打ち出すことにしたんです。そうすることで、今の時代らしいウイスキーのイメージを作ろうとした。タレントはレオナルド・ディカプリオを起用し、テレビCMから店頭まで、カラーリングは白で統一して展開しました。
磯部:その結果、ジムビームの売上は2014年度に国内売上の過去最高を記録することになりました。トヨタ「G’s」のキャンペーンは、マス広告で「ポジショニング」と「ブランディング」を併用した事例ですね。「G’s」というのは、AQUA やVitzなど、普通の車種をチューニングすることによって、スポーツカーのような走りが実現できるというチューンナップブランドです。トヨタがスポーツカーに力を入れる中で、ブランド構築に力を入れるというタイミングで関わることになったものです。
野添:元々、各車種の中にあるグレードのひとつだったんですよね。それを束ねてブランド化することで大きな伸びしろを作れるのではないか、というチャレンジです。その中で、既存のトヨタの車種に対してどういうポジションを取っていくのかや、どんなブランドの世界観を構築していくのかをトヨタさんと考えていったものです。
磯部:一方で、Webは思いきり「ダイレクト」に振っているのが特徴です。Web上に色んなコンテンツを散りばめたくなるところをぐっと押さえ、テレビCMで生まれた興味をヤフーのトップバナーで受けたら、あとは一気に商品概要、インプレッションなどコンテンツをスクロールダウンで直線的に遷移していき、見積もりシミュレーションボタンまでたどりつく構造になっています。チューンナップブランドなので、ブランドに興味を持った人が次に気になるのは、「これはベース車からプラスいくらで買えるんだろう?」ということ。だから、「見積もりシミュレーション」で受ける必要があった。そこにインサイトがあるわけです。
野添:型を少しずつ使い分けて、組み合わせて一つのフォーメーションを作ったということですね。
歴史を知ることが自由で難しい課題を解くヒントになる
磯部:この本では、実は戦略論の歴史にこだわって書いていて、どの論も歴史的変遷から入っています。歴史と全体像を知ることで、プランニングの視点が自由になるという考えからです。
野添:過去に何が行われてきたのかを知ってプランニングするのと、最先端の手法だけで考えるのとでは、幅や深みが全然違ってきます。僕らはプランニングのプロです。プロは常に高い打率で成功させられないといけない。成功率を上げていくためには、「過去にこんな取り組みがあり、歴史上こういう結論が出ている」「この手法は今回使えるが、ここに欠点があることもわかっている」という風に、歴史と自分の経験を組み合わせていく必要があります。今は、最初から明快な課題が見えているケースはほとんどありません。解法が自由で難しい課題ほど、過去を知っておくことが大事なんです。この本はそのためのいい手引書になる。さらに自分の中に落とし込むことで、プランニングに必要な“見立て力”も上げられるのではないでしょうか。
磯部光毅著『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』(宣伝会議、2016年4月、AD:寄藤文平)。
コミュニケーション戦略を「人を動かす心理工学」と捉え、併存するさまざまな戦略・手法を7つ(ポジショニング論、ブランド論、アカウントプランニング論、ダイレクト論、IMC論、エンゲージメント論、クチコミ論)に整理し、それぞれの歴史的変遷や、プランニングの方法を解説する。