石川善樹×ドミニク・チェン×水口哲也×山川宏×日塔史「人工知能は『アル』から『イル』へ。」【後編】

心を持つAIはありえるか?「感情」と「心」の関係とは

日塔:もう少し深く、「心」の領域に話を進めていきます。この図は、人工知能を4象限にポジショニングしてみたものです。縦軸に、心や意識を持つ「強い AI」と持たない「弱い AI」を、横軸に「特化型」と「汎用型」をマッピングします。今は心を持たなくて目的が明確な「弱い特化型」のものしかないといわれていますが、ディープマインドの研究者やシンギュラリティを支持する方々は心があって、かつ目的も自分で見つけられるような「強い汎用型」を目指しているのでしょうか。そして、心のあるなしは定量化できるのでしょうか。…そもそも、心があるけど特化型とか、心はないけど汎用型のAIってあり得るんですか?

山川:歴史的には特化型から始まっています。例えば囲碁用に開発されたAIは囲碁しかできないけれど、プロ棋士は囲碁もできれば、買い物や掃除もできる、汎用的な知能なわけです。昔は特化したものを人間が作る以外にはなかったのだけれども、現在のAIは機械が自分で学習することで、データがあればさまざまな分野で知識を獲得していけるようになりました。

ある一つのシステムとしてのAIが本当の意味での汎用性を持つには、人間が鳥を見て飛行機を作ったように、他の分野から知識を持ってこられるような類推の能力を高める必要があります。一方で,日塔さんが指摘された「強いAI」の面からの研究は比較的限られます。強いAIという言葉は「心や意識」に関わりますが、そうしたものは研究目標に設定しづらいからです。心や意識という難しい軸で考えるよりも、感情という軸で考える方が現実的ではないかと思います。心がなくても、人に共感するような感情表現を実装したインターフェースにして、人間に近い AIに見せることはできますから。

日塔:AIが心を持っているかどうかは分からないけれど、それがあるような振る舞いを演出して、意識や心があるように見せることはできるわけですね。

AIによる「創造と模倣」と「著作権」の関係性を考える

日塔:次に「創造と模倣」についてもお伺いします。例えばテキストを AIに読み込ませて、ある種の法則に基づいて自動生成させると、時にはオリジナルを超えるような面白いものが出てくることがあります。こういったとき、著作権はどうなっていくのでしょうか。

ドミニク:元々、クリエイティビティを個人に帰属させるという発想自体が非常に西洋的な「貧しさ」だと思うんです。日本や東洋はもっと集合知的な考え方になじんでいますし、匿名カルチャーをめでる慣習も、アメリカよりも日本の方が強い。ただ、われわれがグローバルな経済社会で生きている以上、何かを社会に還元しなければいけない。クリエイティブ・コモンズの考え方は、ネット上に置かれているオープンなコンテンツについて、その作者のした行為を受け継いでいく、という考え方です。これはネット以前の大昔からされてきたことで特別なことではありませんが、インターネットによって速く低コストでできるようになった。AIによって、僕らのたわいないひと言や身振りの背景に、どれだけ膨大な情報や人の活動があるのか、その気付きをうまく可視化し、新しい経済につなぐことができるかもしれない。

鈴木健さんは著書『なめらかな世界とその敵』の中で、仮想通過「PICSY」を提案しました。例えば僕が石川さんにラーメンをおごる。そしたら石川さんはすごく元気が出て、いい論文が書けた。それが本になって1億円が入ってきた。でも今の貨幣システムでは僕には1円も入らない。石川さんがラーメンをおごり返してくれるかもしれないけど。ソフトウエアのGit、電子貨幣のblockchainなどは制作過程や決済の歴史を扱う技術ですが、もっと簡単に森羅万象の歴史を取り扱えるようになれば、システマチックに不可視の継承関係を還元する方法を作れる可能性があると思いますし、法律や文化もそういう技術に対応するようになるでしょう。

水口:会社や組織の仕組みを量子化したらどうなるだろう?とそのお話を聞いて思いました。今は人事の担当者が仕事に対する対価を評価しているけど、日々の仕事が分解されて、どれだけの時間を使い、どういう貢献をしたか量子化して判断できるようになったら、たぶんマネージャーはいらなくなるでしょうね。創造的にいろいろな人と活動をしていくと、その活動を反映した対価が口座に自動で振り込まれていている。時代はそういう方向に流れていくんじゃないかな。「量子民主主義」的な発想が、必ず出てくるでしょうね。

石川:今、SanSanという名刺のクラウド管理の会社と、名刺交換のデータベースを使った名刺交換の研究をしているんです。名刺交換というのは、アイデアを交換していることではないかと思ったんですよ。名刺交換のデータベースを使えば、日本社会で今どのくらいの速さでアイデアが流れているのか、その中で自分はどんな位置づけなのか分かると思って。実際に分析をしたら、ものすごく面白いことが分かりました。この分析結果を使うと、自分の知人のうち今誰と会うと最も面白いか、誰と誰をつなげると最もいいかが分かりそうなんです。ただ、論文を書いているんですけど、これって著作権上どうなんだろうって。会社名や個人名は全然知りませんし、企業にも一応許可を取っているけれど、勝手に研究に使って問題になった過去のケースもあるので…。

ドミニク:ビッグデータを匿名化する技術も出てきていますし、サンプルを合成する技術もあります。権利にあまり萎縮せずに、進められる環境は整ってきていますね。それにしても石川さんや山川さんを見ていると、研究と社会がどんどん地続きになってきているのを感じます。

山川:確かに現在のAIの急速な進展は、インターネットを介してアイデアの交換が高速で行われるようになったことが大きな原因になっています。さまざまな研究レポートが、早い段階でオープンにされることも頻繁に起こることから、いわゆる、“巨人の肩に乗る”というサイクルが加速されているわけですね。

次ページ 「AIの議論をブラックボックスにするべきではない」へ続く

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