「How to Deliver」の戦略を考える重要性が増している
磯部:7つの戦略を僕は「7層構造のミルフィーユ」と言っているのですが、戦略は乗り替わっていくものではなく、理論が複層化し積み重なっていくという意味を込めています。「前半の「ポジショニング」「ブランド」「アカウントプランニング」が「What to say」(何を言うべきか)の戦略論、後半の「IMC」「エンゲージメント」「クチコミ」が「How to deliver」(いかに届けるか)の戦略論という捉え方もできます。1980~90年代まではマス広告である程度届けられることが前提だったので、「What to say」を深めようという議論でしたが、最近は「How to deliver」の議論がより重要になっていると感じます。
寺田:実は、私は新人の頃、研修で牛乳の宅配サービスの訪問セールスをやっていたんです。そこでは、最初から商品の話をせずに、私は何者かなどの説明を通じてまずはラポール(信頼関係)をつくることが大切だと学びました。それは今考えると「How to deliver」の話ですよね。広告も本質は同じだと思っています。
磯部:なるほど。本書はコミュニケーション戦略論の発展史を書いているので、マス広告ありきでポジショニング、ブランド…の順で説明していますが、本来のコミュニケーションから考えると順番が逆になりますね。まずは一対一のダイレクトの関係で信頼構築し、エンゲージメントを深めて買ってもらい、美味しければお隣さんにもクチコミして広げてもらう…という流れになりますね。
寺田:その通りで、私はこうした一対一の対面を企業活動に活かす方法を試案しているんです。今も年間40ほどのイベントになるべく足を運び、お客さまと直接会うことを大事にしています。その一方でテレビCMを使った、規模を売るための活動もしている。この“一対一”と“マス”の真ん中に両者を結び付けるポイントが実はあって、そのキーとなるのが「デジタル」と「データ」ではないかと考えています。
デジタルを「エモーショナル」に使うというチャレンジ
寺田:広告分野でデジタルを「オートメーション」の方向で活用するという話がよくありますが、私は「エモーション」の方向にもっと使うべきだと思います。それは一対一のコミュニケーションのエッセンスを増幅させるという意味で、具体例を挙げると企業のコミュニティサイトがあります。
森永乳業の「Newの森」には現在2万人の会員がいるので、イベントで対話の場をつくり、個の関係を増幅させて、マス広告に匹敵する効果で購入につなげられないか、とチャレンジしています。これまでの経験から、テレビCMでのリーチから購買までに大体2桁落ちることがわかっているんです。
例えば、テレビCMが1000人に到達して、買ってくれるのは数十人といったところです。テレビCMのCPMが数百円とすると1人当たりリーチコストが何十銭という単位になりますので、獲得コストは2桁上がって何十円のオーダーになります。一方、一対一で話をすると、商品の説明を真剣に10分すれば、多くの人が「一度は買ってみようか」と思ってくれます。仮に獲得効率100%としましょう。この場合、1人当たりあたりのリーチのコストが1,000円かかるとすると、獲得コストも同様に1,000円となります。すると、テレビCMと一対一の対話では、リーチコストでは4桁違いますが、獲得コストでは2桁しか違わないことになります。となれば、この一対一の対話を何らかの方法で2桁増幅できれば、テレビCMを通じてと同じ程度の獲得コストが実現できるのではないか。そんなことを考えています。
磯部:面白いですね。結局は「獲得効率を考えるとやっぱりテレビだよね」と落ち着くケースも多いですが、デジタルの力を使って一対一の関係性を大切にしながら増幅できるのであれば、違う可能性が開けますよね。
磯部光毅著
『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』
コミュニケーション戦略を「人を動かす心理工学」と捉え、併存するさまざまな戦略・手法を7つ(ポジショニング論、ブランド論、アカウントプランニング論、ダイレクト論、IMC論、エンゲージメント論、クチコミ論)に整理し、それぞれの歴史的変遷や、プランニングの方法を解説する。