—無茶振りし続けて、相手との関係性が悪くなったりはしないんですか?
そういうのもあるでしょうね。自分が覚えていないだけで。失礼って思う人もいるだろうし、この人の言うことを聞いていたら自分は大変なことになるって、不安になる人もいるだろうし。でも、自分では覚えてない。
稗田倫広の展覧会(注1)もそうだけど、無茶振りして失敗したことは一度もないんですよね。無茶振りって、イコールギャンブルみたいに思う人がいるかもしれないけど、物事がうまくいくための、結果を出すための、一番手堅い方法なんです。振るほうも、振られるほうも、そのつくられ方もそうなんだけど、無茶振りの失敗は一個もない。
—このコラムを読んだ皆さんが、闇雲に無茶振りしまくる無法地帯になったら大変です。どういう基準で相手を選んでいますか?
僕が無茶振りする相手は、基礎ができている人。基礎っていうのは、ものの伝え方を知ってるとか、本気でその人の仕事に挑んでるとか。そこを突き詰めていくと、人間力が高いとか、もっと突き詰めていくと「俺のことが好きな人」かも(笑)。嫌いな人に絶対無茶振りしないもん。嫌いな人の骨は拾いたくないし、嫌いな人への無茶振りには、どうしてもどこかに悪意や意地悪が入ってしまう。だから、秋元さんが俺に無茶振りしてくれるっていうことは、俺のこと少しは好きなんだろうなって思う。あの人は、そこすらも超越した人なのかもしれないけど。
怒髪天の増子さんと長年、無茶振りをし合っているのは、完全にそうだよね。桃屋の「食べるラー油」のときにCMに出てよって言って、商品が何なのかも本番まで教えず…。それでも、コンテも見ずに、「箭内さんに言われたんだから、俺やるよ」って言ってくれる、その感覚っていうか。「これはこうなんですか?」「どうなんですか?」「こうなったら、どうするんですか?」みたいに、あれこれ聞かれると、俺、やんなっちゃうのね(笑)。まだ考えてないし、決めてないし。
でも、自分が発した一言で、相手に「やる」って言われちゃったら、今度、責任はこちらに戻ってくる。やるって言ってくれた人に、恥ずかしい思いやかっこ悪い姿は絶対にさせるもんかって、こっちのスイッチが入るんですよね。相手にスイッチを入れるだけではなくて。
そして、“無茶振り返し”というのもあるんですよ(笑)。例えば、増子さんは、僕がつくった『YOU DON’T KNOW』という歌を、怒髪天のシングルのカップリング曲にしたんです。
当時は僕の中で“第一次怒髪天旋風”が起きてたから、増子さんには「トップランナー」にも、「月刊 風とロック」の表紙にも、風とロックのイベントにも出てもらった。そうしたら、増子さんが「お礼がしたい」って言って。日比谷野外音楽堂の怒髪天のライブのアンコールでステージに上げられて、『YOU DON’T KNOW』を歌おうって言われたのが、最大の無茶振り返しだったかもしれない。
でも、そういうときにちょっとでもひるんだら、無茶振りし合う関係の加速は止まってしまう。だから、「えー!」とは絶対言わないようにしていますね。BRAHMAN(ブラフマン)から「映画撮ってよ」って言われたり、ブラフマンのメンバーのTOSHI-LOWに「東北ライブハウス大作戦(東日本大震災の被災地域の復興に向け、東北三陸沖沿岸地域にライブハウスを建設するプロジェクト)のCM撮ってよ、タダで」って言われたり。どんなに難しいことを言われても、信頼する相手から言われたことに関しては、顔色変えずに「あ、いいよ」って言う。
「できないって言うことが、相手への礼儀だ」と言う人もいるけど、僕はそうはあまり思わないんです。できないことでも「できる」って言っちゃって、そこからどうするかっていうことなんじゃないかなと。
秋元さんが、AKBのメンバーを励ますときに「夢は手を伸ばした1ミリ先にある」って言うんだけど、仕事って、手を伸ばした距離より手前のもので済ませてしまいがち。手を伸ばして、もうちょっとで届くけど、指先より遠い場所にあるものを追い求める—それを重ねていく、紡いでいくのが、クリエイティブなんじゃないかなと思います。
—だから、周囲の誰かと無茶振りし合うのがいいんでしょうね。ストレッチのように、自分だけでやるよりも、人のサポートがあると少し前まで行ける…みたいな。無茶振り合いはクリエイティブのレベルを上げる、一つの方法なのかもしれませんね。
一番簡単にできるのは、自分への無茶振り。例えば、「今日電車に乗らないで会社まで行く」ことで、新しい景色に出会えたりする。「赤字でもいいからフリーペーパーを出す(=月刊『風とロック』)」というのも、福島県の仕事を多めにやってみようということも、言ってみれば自分への無茶振りです。
—自分に無茶振りしながら“無茶振り力”を鍛えているうちに、周りから無茶振りされるようになっていったと。
自分の中にある「客観性」って、どうしても限界があって。僕がAKB48 とデュエットしたらいいんじゃないかなんて、100年考えても思いつかない。それが、自分の外にあるクリエイティブの面白さですよね。
「コンバート」という概念が、僕の中ですごく大きな存在になっていて。子どもの頃に見た、ジャイアンツがV9(1965~1973年の9年連続で日本リーグ制覇)したときの二塁手・高田繁選手が、長嶋茂雄さんが監督に就任して三塁手になった。レフトにサードをやれって、すごいことだなと。
そして、そういうのを「コンバート」と言うんだと初めて知りました。同じ野球で言えば、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手がピッチャーもバッターもやるっていうのも、一見、無茶じゃない?でも、それを成し遂げると、みんなに夢と希望が届きますよね。
—そんな箭内さんの最新の無茶振り/無茶振られは?
パルコ劇場(渋谷パルコ)で上演される「LOVE LETTERS(ラヴ・レターズ)」という演劇に出演することになってしまいました。相手役は女優の木村佳乃さん。渋谷パルコには、クロージングキャンペーンを始め、広告制作以外にもさまざまな形で関わらせていただいてきました。五十を過ぎて初めての舞台出演を、そんなパルコ劇場の最終公演に捧げることになって。想像すらできなかった無茶振り指名をしてくださったパルコの方々の発想に驚いています(笑)。きっと、自分が演出されることで、広告に持ち帰れる極意の体得が絶対にあるはずと思いながら、武者震いというか、冷や汗をかいています。
—無茶振られ方のコツって、あるんですか?
「これがやりたい」と強く思いすぎないこと。でも、自分のすべてを空っぽにしてしまうと目印がなくなってしまって、自分を見つけてくれる相手に対して、信号を送れなくなってしまう。あとは頼まれたことを断らないことかな。
勝算はないけどやってみよう、と。想像はできないけど、できるような気もする、みたいな始まり方が一番面白いんじゃないかと思います。広告クリエイティブの世界にも、良い無茶振りがもっと増えるといいですよね。