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デジタル時代にふさわしい「建築」の形とは
西牟田:noiz architects(以下noiz)の豊田さんとライゾマティクスの齋藤さんは、実はコロンビア大学の建築学部の先輩後輩なんですよね。建築に軸足を置きながらも、アートや情報のデザインまで領域を広げている豊田さんと、メディアアートや広告を中心に、建築や都市のデザインにまで領域を広げている齋藤さん。そんなお二人のビジョンやデザインアプローチをクロスさせることで、これからの時代に求められるデザインのヒントが見つかればと思っています。
豊田:noizは、デジタル系の技術によって建築やその周辺環境がどう変わるのか、複合的な実験や実証なども行っている雑食系の建築事務所です。今日は「可変する建築」というテーマだったので、まずは直球で「建築そのものが動く」事例をお見せします。台湾の建物の壁面の窓に取り付けられたファサードが街の音を拾ってインタラクティブに動く、街と人との新しいインタラクションを形にした事例です。
台湾には公共事業の1%はパブリックアートに使うという法律があり、これもアートという枠組みで作ったものです。建築は過去3000年もの間、動かず固定したものと考えられてきましたが、それは技術的な選択肢が他になかったからです。しかし動く建物を作ったり、制御する技術ができた今では、建築は3次元を超えてもいい。人間の心や体が環境によって変化するのが当然なように、建築も気持ちや環境に応じて変化していいと思います。
コンピュテーショナルデザインは、僕たちがコロンビア大学に在籍中の1990年代に登場しました。当時はコンピュータの中でしか実現できないものと言われていましたが、2000年代にデジタルファブリケーションが出てくると、複雑なデータを複雑な形状そのままにアウトプットできるようになった。さらに10年代になると、外部環境からフィードバックを得ながらインタラクティブに形を生成できるようになりました。すると、データをどこから持ってくるのか、センシングをどうするのかといったリアルな問題が出てきます。構造や資金、コストなど、多岐にわたる要素も空間と同様な複合次元としてどう扱うかという視点が必要となり、実際デザイナーの領域はその方向にシフトし始めていると感じます。
建築家は、歴史的にも頭の中では高次元にものを考えてきたと僕は思います。ただ、それを他者と客観的に共有する手段が、これまでは2次元のドローイング図面や3次元の模型しかなかった。だから意志の疎通のため、本来は高次元のデザインをダウングレードせざるを得なかった。けれども、最近のデジタル技術の進歩で、高次元情報をそのままプロセスモデル化してアウトプットできるようになりました。それをさらに現実世界でセンシングして戻し、もう一度データをアップデートしてアウトプットして…というサイクルもリアルタイムにできるようになっています。建築やものづくりは根本から変わりつつあるんです。
こうした状況を踏まえ、僕らは「建築情報学」という新しい学問分野を建築界に投げ掛けています。「意匠」「構造」「設備」「環境」といった既存の建築業界の分類だけでは、今の時代の可能性を十分に形にすることができません。情報テクノロジーが各分野を横串で刺す時に、どんな感覚で建築や都市計画を考えていけばいいのか。そのリサーチのために「EaR」という部門をnoiz内に立ち上げました。さらに、AIなどの新しいテクノロジーを建築につないでいくための別会社を、この2、3カ月内に立ち上げる準備もしています。
西牟田:台湾のファサードが動く施設は、街やそこにいる人の動きからフィードバックを受けて動いていることに新しさを感じました。今日の「可変する建築」というテーマのヒントになった事例でもあります。続いて、齋藤さんにお話しいただきます。
齋藤:僕の中で、視点を変えて初めて建築志向で作った広告キャンペーンはKDDIの「FULL CONTROL TOKYO」です。コンピュータ制御で街をハックすることで、新しい表現や、新しい街の楽しみ方が見えてくるのではないかと企画したものでした。しかし、広告はワンクールで終わってしまうもの。作ったものが世の中に残っていきません。やがて、広告にかけるお金を街に残す方法はないかと考えるようになりました。悩み続ける中で、自分のルーツである建築に立ち戻ってみようと思って企画したのが、展覧会「建築家にならなかった建築家たち」展です。建築出身の人は思考がロジカルで、よく「国語と算数が使える人」と言われます。この展示には、自転車を作っている人、街を作っている人、ラッパーの人など、色んな人が出てきますが、どの方も建築家のバックグラウンドがあるからこそのロジカルな思考が残っていて、そこが面白いと感じました。
この展示がきっかけでいつかライゾマティクスにも建築部門を作りたいと思い、今年から「Rhizomatiks Architecture」として、ゆるやかに活動を開始しています。「Architect(建築家)」でないところがミソで、システムアーキテクチャーという言い方があるように、「構造」を設計することを得意としています。図面を引いてものを作るのは逆に得意ではないので、設計事務所やデベロッパーの設計部と組む形が多いです。僕は「魔法使い枠」と言っていますが、うちのようなデジタルクリエーティブの事務所が建築プロジェクトに入ると、「すごそうだが、一体この人たちは何をするんだ?」と思われがちです。建築でテクノロジーと言うと「プロジェクションマッピングですか?」と言われることも多いんですが、そうではない。今のテクノロジーを追っているからこそできる新しいコミュニケーションの方法が確かにあると僕たちは考えているんです。僕が一番求めているのは即時性で、建物の様相をテクノロジーで変えていくことにすごく興味を持っています。
具体的な例で言うと、昨年のアートナイトでは「もしも六本木が話したらどうなるか」というプロジェクトを実施しました。六本木の交通情報や花粉飛散情報などのデータを収集し、六本木がどういう気持ちでいるのか、交差点のビジョンにデジタルの口を表示して「ワクワク」「ドキドキ」「ムカムカ」など街の「気分」がわかるようにしました。将来建物が話すようになったら、建物の気分を元に商業施設のコンテンツをこう変えよう、ということも起きるかもしれない。そんな新しい建築の考え方の提案につながる実験的なプロジェクトでした。
実際のクライアント案件としては、熱海の街づくりや、大型公園の開発などのプロジェクトが進行中です。いずれも「設計」ではなく、街や施設の中のコンテンツを考えるということをやっています。
西牟田:僕たちイベント&スペース・デザイン局でも、施設やその空間という「場」がどう使われていくのかを考え、カタチだけのデザインだけではなく、イベントやコンテンツが入る余地も提案しています。齋藤さんは、テクノロジーの力で、それをさらに広げているのだと思います。
齋藤:ミラノ万博の日本館で企画開発した、シアター型のフューチャーレストラン(レストラン型のシアターで、各人のテーブルの上がスクリーンになっており、さまざまな料理や情報が映し出され、そのストーリーに沿ってMCが会場を盛り上げ進行していく)がまさにそれに近いですね。ただ「見る」だけの今までのシアターの在り方を疑い、体験したり、ディスカッションしたりしてワイワイガヤガヤできるシアターを作ったんです。これも、ソフトウエアが入って可変したからこそ生まれた空間かもしれません。