映画をつくることは価値観に対する挑戦である
中村:『おおかみこども』で男の子の雨は「母親の心、子知らず」みたいな、わりとそういう選択をするじゃないですか。その話を聞いただけで、ちょっと思い出して涙腺がゆるんできちゃいましたね。
細田:息子側から見た都合のいい話かもしれないけどね。母親から見たら「冗談じゃねーよ。うちにずっといて、仕事手伝え」って言いたいかもしれないけど、男の子としたら独立するのも含めて、子どものワガママとして許容してくださいって。許容したからこそ、今の自分たちがあるので。後悔も含めて「ごめんなさい」と言っているのがあの映画かな。
澤本:その話を聞いて『おおかみこども』を見ると、またちょっと違った見方になるね。一番好きなシーンで、最後に子どもがバーッと山を登って行って、お母さんが大声で叫ぶところがあるでしょう。独立していった子どもに対して「行かないで」と言ってたけど、独立しちゃったと。それもある瞬間うれしくなって、声援を送るという。そう聞くと、まんまテーマなんですね。
細田:まんまそうですね。
中村:やっぱりあそこが一番見た人の意見が分かれるところですよね。お母さんとして飲み込むのと、「私が母親だったら嫌よ」というのと。男だと一番理解しがたいというか。「そうなのかな、お母さんって」という風に投影して見るんですけど。
細田:僕もそこはつくっているときに考えたんですよ。両方意見があるだろうなと思ったけど、子どもが独立、自立するというのは避けられない世の中の事実だから。望む、望まないにかかわらず、そうならざるをえないところがあって、それをどうやって受け入れるか、受け入れないかだから、そういう問題じゃないかという気がする。
でも、あの映画に対して「自分はどう思う?」といって、活発に意見が出てきたのはうれしいことだと思っています。人生にまつわる大きな話でしょ。アニメでそういうことを考えるというのは有意義じゃないかなと。
澤本:そういうのっていいよね。細田さんがおっしゃってたけど、決めつけて、「こういう風な結論として受け取ってください」と定義しちゃうよりは、それについていくつか解釈があって、自分が「賛成か、反対か」を話すと。そういう議論が起こるものっていいじゃないですか。押し付けちゃうのもギャグだったらいいかもしれないけど、テーマ性があって、ちょっと考えましょうというのは揺れがあったほうがいいですよね。
細田:ジャンル映画みたいに結論に対して揺るがない安心感を与えるのも1つの映画の役割だし、もう1個で言えば、映画をつくるというのは価値観に対しての挑戦ですから。世の中に対して、それをどういう風に揺るがすかというか、揺さぶりをかけたりね。議論が起こるのは当然だし、逆に言えば、そこまでの作品になっているかどうかが問われるというか。
澤本:細田さんの映画の特徴は、ユーモアがあることなんですよ。何となくいろいろなところでクスクス笑っているうちに、最終的に号泣するという。でも、基本的にはカラッとしているというと違うけど、ジメジメしているよりは、全体的に明るい気持ちの中で感情を揺さぶられる。でも、見終わったら明るい気持ちで帰るというのが一番特徴ですよね。いろいろな映画がありますけど、なかなかこういうものってアニメだとないと思っていて、それが細田さんっぽいと思うんですよ。
細田:自分の傾向として、そういう風になってきますよね。もちろん作品ごとに違うモチーフや問いかけがあるので、必ずしも今後も同じことになるとは限らないし、わかりません。でも、舞台挨拶をさせてもらうと、家族で来てる方が結構見えて、この方々はこれから映画館を出て、ご飯を食べに行って、どういう風にそこで会話をするのか、みたいなことまで含めて映画のような気がするんですよ。
だから、「価値観の罵倒じゃー」と言って、そういうものを突き付けたとしても、とりあえずメシはうまく食ってほしいなって。そこは気にするんですよね。僕のはファミレスでつくってる作品だから、ファミレスでメシを食ってる人もひょっとしたら映画館を出た後にここでごはんを食べるかもしれないって。それはおいしいごはんであってほしいと思うんですよね。
中村:すごい。
澤本:いい話だ。
細田:気になっちゃうんですよ、映画は出かけていくものだから。家の中で見れば必ずしも映画を見た後にメシを食わないけど、出かけるから流れの中で必ずメシ食ったり、お茶を飲んだりが組み込まれている。しかも、映画の後だよね。前じゃないよね。
細田:食べながら「あそこがね」っていうのはあるんですよね。
澤本:それは面白いね。映画を見た後にごはんがおいしい映画というジャンルってことでしょ。
細田:たとえば、デートムービーでせっかく女の子を誘って見に行って、その後にメシがまずいと彼や彼女の交渉もうまくいかないわけじゃないですか。その責任も負っていると思うんです。
澤本:確かに、「女の子と見てください」って映画なのに、見終わった後にごはんがおいしくない映画だと。
細田:急に見終わった後に相手が文句を言い出したり。「どうなの、あの映画、ひどくない」って話になっちゃうと、せっかくセッティングをした何日かのプロセスが台無しなわけでしょ。その勝率を何とか上げていきたい。
澤本:そうですよね。確かに。
細田:あと夏休みだと親戚が一同に会して映画館に来ることがあるんですよ。この人達は年に何回見るんだろうと思うと、そんなに見ないはずなんですよね。その1回なわけで、また親戚が集まるとメシに行くわけだから。それもせっかく親戚がたまに集まるんだから、和やかに何とかということを夏の映画は担っていると。
中村:そうしたらやっぱり『サマーウォーズ』見たいですね。大家族で。