敷居の「低さ」を大切に
渡辺:これから先、どう生きていくか?というお話がしたいのですが。
僕の場合は、「現状維持」って決めているんです。目の前の仕事を丁寧にやることでしか、自分の道は開けないと思っていて、例えば大きな会社にしていこうとか、広告以外のことに手を広げようというよりは、とにかく目の前にあることに集中したい。
自分の武器って「敷居の低さ」だと考えているんですよね(笑)。存在感としての敷居が低いから、声を掛けてもらいやすいし、小さな仕事でも呼んでもらえる。そこはずっと大事にしたいんです。実績を重ねていっても、人間としては昔と変わらない、ということが自分にとっては大きいテーマで。それは辻さんにも同じ印象をずっと持っていたんです。
辻:すごく不思議なんですけど、偉そうにする方とか、やたら怒鳴る方っているじゃないですか。広告の世界でも、たまに大物ぶる方っていると思うんですけど…あれって、なぜでしょうね。要は、自分が生み出したものの価値と、つくり手の価値が一緒だって感じてるんでしょうか。つくった人間と、つくり出したものの価値は無関係ですよね。
渡辺:ステージが上がると、周りから扱われ方が変わってきて、気持ちよくしてもらえる瞬間が出てくるじゃないですか?僕、それを落とし穴だと思うようにしています。
調子に乗ると、あとで絶対に良くないことが起こるから、勘違いだけはしないように心がけてからは、気持ちがすごく穏やかですね。暗黒面に陥るって簡単じゃないですか(笑)。スターウォーズでも散々語られていましたけど、やっぱりその通りだと思うんです。
ユーザーに受け入れられることこそ、唯一の価値
辻:起業した当時は、信用が全然ないので、話を持っていっても大体断られた。でも、その頃の唯一の価値って、ユーザーに喜ばれるものをつくることだったんです。
それは会社が大きくなっても同じで、さまざまなステークホルダーが増えても、結局はユーザーに受け入れられるサービスをつくって、使っていただくということには変わりがないんです。
渡辺:広告もそうですね。商品が売れる、認知度が上がることが全てだと思う。広告賞は、内向きな評価でしかないわけだから。
辻:クライアントは広告賞なんて期待してないですよね。
渡辺:クライアントさんは、賞を取っても「あ、おめでとうございます」で終わりますからね(笑)。
もちろん、広告賞の評価が重視されることはありますが、本質的ではないと思います。けれど、いつの間にか広告賞が代理店システムにおける評価の指標になってしまった。ひとつのことに特化するより、なんでもマルチにやれたり、海外の賞で評価されることの優先順位が高くなっている気がするんです。
商品のブランディングをマクロ的に捉えることはできるし、弁も立つんだけど、いざコピーを書くぞって時に、力のかけ方が甘くなる。「自分はここが得意な人間だから、ここだけを集中して磨くぞ」っていうことが少なくなっているんです。もしかしたら、こういう話すら、下の世代には通用しないかもしれない。これって、広告業界全体の問題だと思うんですよね。
次の世代に、技術やノウハウを伝承する文化がなくなったのかもしれません。かく言う僕も、会社を辞めて人を育成することそのものを放棄しちゃったので、偉そうなことは言えないし、原因は僕らにあると思うんですけど。そういったいろんなモヤモヤが、「非進化論」に行き着いているんです。