なぜタクシーは暴走するのか。
あの体験から数カ月後。
ご縁があって、三和交通という横浜を拠点にしているタクシー会社の吉川永一社長とお話しをする機会がありました。
その時は、タクシー業界の今後(ちょうどUberが騒がれ始めた時期でした)や、いま三和交通が抱えている事業課題、他にも色々とお話をしたのですが、その中で吉川社長が真剣な眼差しで語っていた言葉が心にグサリと刺さりました。
「三和交通は、地域から道路をお借りしてタクシーを走らせているんです。その地域に対して、我々は少しでも恩返しをしていきたいし、笑顔をつくっていきたい。そうすれば、三和交通のある地域の笑顔が増え、もしかしたら犯罪率が0.01%低くなるかもしれない」
さらに、タクシー会社の売上は「タクシー数(乗務員数)× 運行率」なので、乗務員数や運行率を下げる交通違反や事故を減らすために非常に努力されているとのことでした。
その話を聞いて思い出したのが、ベビーカーとママと衝突しそうになった、あのタクシーでの体験です。
タクシー会社の経営トップは、地域や住民に対して恩返しの気持ちを持っている。また、事業としては交通違反を犯して、タクシーやドライバーが稼働しなくなることを恐れているそれなのに、なぜタクシーのドライバーさんは暴走するのだろうか?
少し急いだ程度でそれほど売上は変わらないのに。
吉川社長と別れ、帰り道にそのことをもう少し考えてみると、さらに違う発想が浮かんできました。
もしかして、ドライバーさんは(その人となりはさておき)乗客のためを思って急いで目的地に向かっていただけなんじゃないか?
じゃあ、なぜ自分はドライバーさんに「自分は急いでないからもっとゆっくり安全に走ってほしい」と言えなかったんだろうか? そうだとしたら、自分も「加害者側」だったのではなかろうか、と。
そこから紆余曲折を経て生まれたのが、三和交通さんの「TURTLE TAXI(タートルタクシー)」という前代未聞の「ゆっくり走るタクシー」でした。
ゆっくり走るタクシー。
サービスの内容は非常にシンプル。車内に掲示された「ゆっくりボタン」を乗客が押すと、それ以降は運転手がゆっくり丁寧な運転をするというものです。
2013年の暮れに運行開始して2年以上が経ちますが、サービスは着々と認知されているようで、ゆっくり運転した走行距離は2016年7月時点で1万7000kmを超えました。
TURTLE TAXI:http://turtle-taxi.tumblr.com/
地域でも多くの方に受け入れられていて、「このボタンがあると病院に行くときに身体を支えなくていいから楽ちんです」というお声をいただいたり、毎回タートルタクシーを指名で予約される方がいたりと、特に女性や高齢者や子供連れの方から好意的なご意見をいただいています。
国内外のメディア(ちゃんと把握できていないですが恐らく30カ国以上!)に取り上げていただいたり、グッドデザイン賞で「未来づくりデザイン賞」をいただいたり、その他にもいくつか賞をいただきました。
一方で、「ゆっくり走られると迷惑」「タクシーなんだから、とにかく早く走ってほしい」「なんでボタンが必要?」などの批判的なご意見もたくさんいただきました。
もちろん、それは事前に想定していましたし、むしろ我々の狙い通りでもありました。
体験をつくり、共感を生み出す。
前置きが長くなりましたが、このコラムでは企業と生活者の間に潜む「意識のすれ違いやギャップ」を見つけ、それを解消する「体験」をつくり、最終的に「共感」を生み出す1つの方法論を、タートルタクシーやその他の事例を通してご紹介していきたいと考えています。
私たちIMJは、生活者のインサイトを定量×定性データから発見し、そこからサービスをデザインすることを続けてきました。そのアプローチは、広告会社やコンサルティング会社とはちょっとだけ違うと思っています。
マスメディアなどを使った一方的な情報発信に限界を感じ始めている企業の方々に、生活者の心を掴むにはこんな方法もあるんだ!と思ってもらえるコラムにしていきたいと思っています。
それでは、次回もお楽しみに。