#非進化論5:代役なき名人芸の裏に、日々の地道な努力あり(ウグイス嬢・谷保恵美さん)

自分の手紙を読み返す

渡辺:ここからは「続けること」について話を伺いたいのですが。今のアナウンスの仕事を、どのくらい続けたいとお考えですか?

谷保:私が入社した頃は、女性は結婚したら仕事を辞める時代だったので、こんなに長く続けるとは思っていなかったんです。でも今は、そういう時代でもなくなってきたので、場内アナウンスを辞めることになっても、会社には残りたいと考えています。本当は後輩に引き継ぐ時期なんですけど、なかなかそういう体勢にもなってないので…。

渡辺:そもそも、辞めようと思ったことはありますか?

谷保:辛いことはありますけど、辞めようと思ったことはないです。やっぱり、北海道から出て来るまでの覚悟がすごかったんですよね。入社する時に、履歴書とともに熱い手紙をロッテに送ったんです。その手紙は今も保管してあって、何かあるとそれを眺めて、初心に戻るじゃないですけど、こんな気持ちで入ったんだから簡単には辞められないぞ!みたいに思うことはありますね。

渡辺:その手紙は、今でも読み返すことがあるんですか?

谷保:そうですね。引き出しにしまってあるので、新しいシーズンが始まる時に取り出して読みます。ただ熱い想いが書かれているだけの手紙なんですけどね(笑)。

渡辺:僕も大学生の頃、広告の学校に通ってたんですけど、その時の自分が描いたCMのコンテなんかを見ると、今よりも面白いんです(笑)。それをたまに眺めつつ、ああ、こんなんじゃいけないって思ったり…。

谷保:その時の気持ちを思い出しますよね。

渡辺:ピュアな時の自分に向き合うのは、いい原点回帰になりますよね。

続けていくことの大切さ

渡辺:広告の世界はとにかく仕事がハードで、人生の大部分を持っていかれることもあって、かなりの勢いで人が辞めていくんです。そうは言っても、かなり早い段階で自分の道をあきらめる人が増えたなとも思うんです。谷保さんも、同じことを続けていらっしゃったからこそ得た、自分に対してのプライドだったり、自信だったり、自分自身のあり方があると思うんですけど、「続けていくこと」の大事さについてお話いただきたいと思っていて。

谷保:最初に悩んだらいいと思うんです。私の周りにも小さい頃から自分の夢を持って、看護師さんになる、ピアノの先生になるって言って、本当になった人がたくさんいる。ちゃんとその道に進んでいて、すごいと思ってたんです。私も就職の時期に、何をしたらいんだろうってすごく悩んだので、始めてみてから「これじゃないな」って思う気持ちもわかるんですけど、ただ、やっぱり自分に向いた仕事だと思って決めた道なら、まずはじっくり頑張らないといけないと思いますよね。

渡辺:「最初に悩む」っていうのは確かにありますよね。仕事って、そんなに早くあきらめがつくようなものじゃないと思うんです。日本の教育の流れの中で、将来について考えたり悩んだりする時間が短すぎるっていうのはあると思うけど…。

谷保:このタイミングで就職しなきゃいけない、って時期が絶対に来るわけですもんね。

渡辺:まず入れるところに入ってから現実と向き合うようになって、想像とのギャップに絶望して辞めていく人が多いのは、確かにあると思います。ただ、入った後の覚悟の決め方、谷保さんの手紙みたいな、自分を原点に引き戻す絶対的なものを持っていない人が多い気がしています。僕の場合は同じ時期に広告の世界に入った仲間の存在がすごく大きくて、自分よりも仲間のほうが頑張ってるとか、自分より苦労してるとか、コピーで言うとアイツのほうがいいものを書いてる、みたいな部分が、強烈に自分を動かす力になってると思います。

谷保:確かに、うちに今いる22~24歳ぐらいの子たちも、最初は野球の世界に憧れて入って来てるんですけど、仕事が想像以上にキツイとか、自分が思っていた仕事と違うとか、壁にぶち当たっていたりするんですよね。あまり思い詰めないで、切り替えることも必要ですよね。オンとオフ、仕事と仕事じゃない時、学生時代の友人に会って、自分と違う環境で頑張ってる人と話をするとか。仕事仲間とばかりいると、見えない部分も多いので。先日も後輩から仕事の悩みを相談されたので、たまには学生時代の友だちと会ったら?って話をしたんですけど。高校、大学とマネージャーとして野球部にいて、そのときの仲間の中で、私だけが今でも野球に関わる仕事をしているんですよ。やっぱり、その時の仲間が「頑張れよ」って言ってくれるんです。「お前が野球に関わってるから、俺らも頑張ってる」ということも言ってくれる。そういう言葉も励みになっていますね。

次ページ 「誰にも言わずに、ひっそり辞めたい」へ続く

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渡辺 潤平(コピーライター/渡辺潤平社代表)
渡辺 潤平(コピーライター/渡辺潤平社代表)

渡辺潤平(わたなべ・じゅんぺい)
コピーライター。渡辺潤平社代表。1977年生まれ。千葉県船橋市出身。早稲田大学教育学部卒業。2000年博報堂入社(第2MD局、第3制作局、第2CRセンター第5制作室)、2006年博報堂退社、同年6月よりground LLCへ参加。 同年12月よりフリーランスとして活動開始。2007年に渡辺潤平社を設立。

渡辺 潤平(コピーライター/渡辺潤平社代表)

渡辺潤平(わたなべ・じゅんぺい)
コピーライター。渡辺潤平社代表。1977年生まれ。千葉県船橋市出身。早稲田大学教育学部卒業。2000年博報堂入社(第2MD局、第3制作局、第2CRセンター第5制作室)、2006年博報堂退社、同年6月よりground LLCへ参加。 同年12月よりフリーランスとして活動開始。2007年に渡辺潤平社を設立。

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