磯部光毅×寄藤文平「戦略プランナーとアートディレクターによる“戦略史”トーク」

アラウンド18世代にエンゲージメント戦略は通用するか?

寄藤:最近、18歳向けの施策を考えなきゃいけない仕事があって。アラウンド18歳というんですかね。そのための調査を見ていてびっくりしたんですよ。10代の人はメディアを受信装置だと思ってなくて、発信装置だと思っている。こちらが何か作って見てもらうという形式自体が通用しなくなってるんだなぁって、リアルに実感しました。

磯部:そうですね。YouTubeの素人が作った映像の方がテレビより面白いと言われているけれど、企業は素人が作ったような動画は作れない。モノも売りたいし、コンプライアンスもありますし。そこでエンターテインメント化されたWeb動画に商品情報を練りこんでいこうというやり方もいろいろチャレンジされてますし、Twitterの軟式アカウントみたいに企業が友だちとして、お客さんの情報空間に溶けこめるのかにチャレンジするやり口も試されてきました。模索中ですよね。

寄藤:エンゲージメントにしても、「エンゲージしてやろう」と考える主体があるわけですけど、なんか、その主体を隠さなきゃいけない感じってありますよね。それがばれるとバリアの外に追い出されてしまう感じというか。18歳の彼らがツイキャスとかでみんなでライブして動画を見て楽しんでいるのを見て、自分の18歳とは全然違うなって思いましたね。なんとなく理解はできるけど、それをやってる日常というか、そのリアリテイみたいなところは全然わかんない。僕、露骨におじさんになったんだなって思いましたよ(笑)。

磯部:その理解できないって感覚のベースには、送り手と受け手が分かれている考え方、つまりどういう広告キャンペーンをすれば、どういうお客さんの反応が得られるのかという見方をしているということはありませんか? 送り手からの刺激で、受け手に反応させるという考え方が古いとも言えますよね。

寄藤:若い人たちのコミュニケーションを“未知”だと感じるのって、インプットとアウトプットの経路が見えにくいということでもありますね。こう、電気はついてるんですけど、どういうふうに電流が流れているのかわからないという。

磯部:エンゲージメントとクチコミに関しては、理論的な研究はまだまだで確立されていないんです。テレビCMは方法論が確立されているから、トップクラスのクリエイティブディレクターにちゃんとしたオリエンをすれば、ほぼ確実にいいCMは作れると思います。けれど、その人が1000万回再生されるYouTube動画を作れるかはわからない。まだそこに方法論が確立されていないんです。

寄藤:アメリカの大統領選でトランプさんがすごく票を集めてましたが、それを見て「マニュフェストみたいな理念を作らないこと」がポイントになってると思ったんですよ。全体的な整合性を気にしないでざっくりした方向性だけ決めて、あとは部分的な正解を積み立てていくコミュニケーションの方が強いというか、それで大統領候補になれちゃう感じが怖いなって思いました。それはトランプさんの問題ではなくて、コミュニケーションのありかたの変化かもしれないと思ったんです。先ほどの「テレビCMの人が拡散するYouTube動画を作れますか」という話もそれと近いものがある気がします。

磯部:なるほど。それで言うと、最近のスタートアップの業界で、「リーンスタートアップ」という言葉がありますが、それを思い出しました。時間をかけて精緻につくりこんだ完成版を世に出す前に、とりあえずできたものをどんどん出して改善していくやり方のことですが、ダイレクト論もそれに近い。普通テレビCMの場合、予算もかかるし、媒体も限定されるので、時間をかけて作りこみますが、ダイレクトの場合は、どんどんつくってどんどん配信して、効果のあるものを残していくという手法なので、。どんな組み合わせのものを世に出しているか担当者がわからないくらい。がちがちに事前に計画するやり方が崩壊してきています。

寄藤:目的志向なものの価値がすごい勢いで失われているような感触がありますね。で、僕が思うのは「戦略」っていう言葉自体が目的志向ですよね。だから、戦略的な思考はどこまで通用するんだろうという…。

磯部:それは思うことはありますね。僕自身も戦略のある種の限界を感じるんですけど、一方で優秀な戦略家とは何かを考えると、視点の豊かさを持つ人だと思うんです。どのアングル、どの角度から見るかっていうのが最終的な戦略になるわけですよね。だから、そこには無限の自由があって、戦略は決してロジカルシンキングの先にあるわけではないという意味では、実はかなりクリエイティブな発想に寄っている。僕はそこが面白いなと思っています。

次ページ 「戦略とは、フレームワークでは解けないものを解決する“自由な視点”である」へ続く

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磯部 光毅
磯部 光毅

アカウントプラナー
1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1997年博報堂入社。ストラテジックプランニング局を経て、制作局(コピーライター)に転属。2007年独立し、磯部光毅事務所設立。主な仕事に、サントリー「JIM BEAM」「ザ・プレミアムモルツ」「伊右衛門」「伊右衛門特茶」、トヨタ自動車「G's」、ダイハツ「タント」、コーセー、KDDI、Google、味の素、AGF、花王、ティファニー、ブリヂストン、三井不動産、カルビーなど。ブランドコミュニケーション戦略を核に、事業戦略、商品開発からエグゼキューション開発まで統合的にプランニングすることを得意とする。受賞歴にニューヨークフェスティバルズAME賞グランプリ、ACC CMフェスティバル ME賞メダリストなど。著書に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(共著、宣伝会議、2013年)、『アジアマーケティングをここからはじめよう』(共著、PHP出版、2002年)、『ニッポンの境界線』(共著、ワニブックス、2007年)がある。

磯部 光毅

アカウントプラナー
1972年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1997年博報堂入社。ストラテジックプランニング局を経て、制作局(コピーライター)に転属。2007年独立し、磯部光毅事務所設立。主な仕事に、サントリー「JIM BEAM」「ザ・プレミアムモルツ」「伊右衛門」「伊右衛門特茶」、トヨタ自動車「G's」、ダイハツ「タント」、コーセー、KDDI、Google、味の素、AGF、花王、ティファニー、ブリヂストン、三井不動産、カルビーなど。ブランドコミュニケーション戦略を核に、事業戦略、商品開発からエグゼキューション開発まで統合的にプランニングすることを得意とする。受賞歴にニューヨークフェスティバルズAME賞グランプリ、ACC CMフェスティバル ME賞メダリストなど。著書に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(共著、宣伝会議、2013年)、『アジアマーケティングをここからはじめよう』(共著、PHP出版、2002年)、『ニッポンの境界線』(共著、ワニブックス、2007年)がある。

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