『週刊文春』新谷編集長と「Yahoo!ニュース」有吉氏が対談「流通を制する者がメディアを制す」

10月31日に発売した『編集会議 2016年秋号』では、「“良いコンテンツ”だけじゃ売れない!ビジネスを制するメディア戦略論」を特集。現在日本で最も影響力を持っているといっても過言ではないコンテンツメーカー『週刊文春』の編集長 新谷学氏と、プラットフォーマー「Yahoo!ニュース」のビジネス責任者 有吉健郎氏による対談が実現した。

今メディア界で起きているのは、コンテンツ革命より流通革命

—お二人はそもそもメディアを取り巻く情報環境の変化をどのように捉えていますか。

『週刊文春』 編集長 新谷 学 氏
1964年群馬県生まれ。1989年3月早稲田大学政治経 済学部卒、同年4月(株)文藝春秋入社。『Numbe(ナンバー)』編集部、『週刊文春』編集部、月刊『文藝春秋』 編集部などを経て、2011年ノンフィクション局第一 部部長、2012年4月『週刊文春』編集長に就任。

新谷 学:まず、今メディア界で起こっているのは、コンテンツ革命というより流通革命なんですよね。それによって情報の送り手と受け手との力関係が大きく変わっています。

「最近の大学生はテレビを観ない」という話をよく耳にしますが、なぜ観ないかを大学生に聞くと「テレビって途中から始まるじゃないですか」と言うわけです。これまでは、テレビをつくる側が圧倒的優位な立場にいたから、テレビを観たければ何曜日何時から何チャンネルに合わせろという感じで、受け手側もそれに従わないと観ることができなかった。

それが今は、「観たい」と思ったときにすぐ観ることができないと、もう観ないですからね。そうした受け手側の変化に対応できないと、メディアとして生き残っていくのは難しい状況にあると思います。

「Yahoo!ニュース」 ビジネス責任者 有吉 健郎 氏
凸版印刷でWebサービスの企画などに携わったのち、 2007年ヤフー入社。「Yahoo!みんなの政治」のディレクタ ーとして、選挙特集、マニフェストマッチなどを実施。メ ディア系サービスのディレクションリーダー、「Yahoo!ファイナンス」責任者を経て、2013年10月から現職。

有吉健郎:情報の流通構造の変化でいうと、「Yahoo!ニュース」として考えているのが、「起点」「着地」「拡散」という3つのキーワードです。「起点」というのは、ユーザーがニュースや情報にはじめにアクセスするポイントで、スマートフォンの普及以降、その接点は主にSNSなどに分散化しています。

またこれまでは「Yahoo!ニュース」であれば「Yahoo!ニュース」のなかでコンテンツを読み、さらに配信いただいた媒体社にリンクするという構造でしたが、SNSなどが「起点」として介在するために、コンテンツも自社メディアの外に「着地」して読まれるようになった。そしてニュースを読んだ後はSNSなどでシェアされます。

一言コメントを添えるなどして、コンテンツに“付加価値”がついた状態でSNS上で「拡散」し、それによって「起点」として強化されるというサイクルができています。そうした変化を見据えて対応することが重要だと感じます。

—『週刊文春』と「Yahoo!ニュース」は、コンテンツメーカーとプラットフォームとして、『週刊文春』が記事を提供し、「Yahoo!ニュース」が配信をするという関係性でもありますよね。

新谷:これは「Yahoo!ニュース」さんに限りませんが、少し前まではその関係性が非常に歪んでいたというか、プラットフォーマーが力を持ちすぎている印象がありました。本来コンテンツを提供する側とプラットフォーム側の関係は、Win-Winであるべきだと思うんです。

そのためには、コンテンツが買い叩かれるのではなく、適正な評価のもとに適正な価格で提供される必要がある。だからたとえば雑誌読み放題サービスなんかは、うちも一刻も早くやめるべきだと思っているんです。十把一絡げにされて、月に数百円を払うだけで百何十誌が読み放題というのは、目先の売上は立てられるものの、コンテンツメーカーとしては長期的にデメリットのほうが大きいですから。

また最近は、プラットフォーマーがコンテンツメーカーの側面を持ちつつある。「Yahoo!ニュース」さんも、オリジナルのコンテンツをつくりはじめていますよね。

有吉:そうですね。新谷さんにも登場いただきましたが、「Yahoo!ニュース」独自の記事を出すようになりました。それもやっぱり情報の流通構造の変化が大きいんです。業界の構造分析を行う手法として「ファイブフォース分析」というものがあります。

競争関係が真ん中にあって、右側に読者・ユーザー、左側に供給者としてのコンテンツメーカーがいる。それから上に新規参入があり、下に代替品がある。ユーザーの変化が最も顕著ですが、さらに新規参入と代替品の変化も大きいです。

ここでいう新規参入はニュースアプリ、代替品は主にSNSであり、日本ではまだそれほどでもないですが、アメリカではFacebookでニュースを読んでいるユーザーが成人の40%強を占めるというデータがあります。そうした変化に対応するための戦略のひとつが、「Yahoo!ニュース」独自のコンテンツをつくるということだったんです。

新谷:映像の世界でも、たとえばNetflix(ネットフリックス)なんかはオリジナルのコンテンツを量産しはじめていて、しかも彼らは儲かっているから制作費も潤沢にかけられる。その結果、コンテンツのクオリティもどんどん上がっています。

当然、良いコンテンツを自前でつくって流したほうが儲かるに決まっていますから、その流れは加速していく。ただそうなってくると、ゆくゆくはコンテンツメーカーはいらなくなってしまうかもしれない。コンテンツメーカーは、お金を払う価値があり、なおかつ自分たちにしかつくれないコンテンツとは何かを、突き詰めて考えることが求められているんです。

—まさに、メディアとしての戦略が求められると。

新谷:『週刊文春』としても、そうした状況下でどう戦っていくかを考え続けています。テレビや新聞のニュースはいわゆるコモディティ化というか、どこも同じような情報を流しています。ならば、うちにしかつくれないオリジナルのコンテンツ、つまりスクープに徹底的にこだわる。

同時に、そうしたコンテンツの価値をプラットフォーマーはもちろん、読者の皆さんにも理解してもらいたい。それは良いコンテンツにはお金が発生するということですが、幸いにもそうした理解は年明け以降、ずいぶん浸透したなという手応えがあります。

また、冒頭でコンテンツ革命というより流通革命が起こっているんだと言いましたが、流通革命が起こることによって実はコンテンツの中身にも変化が求められています。『週刊文春』でも以前からデジタルシフトを進めていますが、紙と同じものをただデジタルに流すといったやり方ではダメで、デジタルならではのコンテンツが必要です。

「週刊文春デジタル」で急激に会員が増えるのは、やっぱり動画や音声などのコンテンツを公開したときなんです。我々にとっては未知の領域ですが、積極的に取り組んでくれる記者もいて、ムービーカメラを回しながら直撃取材をしたりしていますね。こうした取り組みは、もっと戦略的にやっていく必要があると考えています。

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—「Yahoo!ニュース」はプラットフォームとして、コンテンツ提供元のメディアとの関係性をどのように考えていますか。

有吉:まず関係性のベースとなるべきものは「共感」だと思っています。メディアとの間できちんと「共感」を醸成できるように編集部を置いているというのは、我々の特徴です。配信するニュースも、編集部の考えや判断軸をもとにしていますし、メディアの方々とも日々コミュニケーションをとっています。

新谷:これからのニュースの消費形態は、課金モデルになっていくんじゃないかと思っていて、最近は「Yahoo!ニュース」さん含めて、さまざまなプラットフォームやメディアと有料課金モデルについてのプロジェクトを進めています。そうなると、コンテンツメーカーの側からすれば、コンテンツの価値をどれだけ理解してもらえるかに尽きるんですよね。

有吉:メディアから提供いただくコンテンツに対する我々の対価は、まだ不十分ではないかという認識でいます。ネットでのマネタイズはなかなか難しいところもありますが、試行錯誤しながら工夫している段階です。

ただメディアとの関係性に関しては、プラットフォームというと、無色透明というか、得体のしれない存在というイメージがあるのかなと思うんです。「Yahoo!ニュース」に対しても、メディアの方々はそうした印象を持っているのかもしれません。だから今は、エンドユーザーに対してはもちろん、メディアの方々ともより顔が見えるような形でコミュニケーションを深めていきたいと考えています。

2年前に、「news HACK」というオウンドメディアを立ち上げたのもその一環です。「Yahoo!ニュース」の戦略やサービスの裏側など、メディアの方々にとってコンテンツとして有用な情報を発信することで、我々がどんなことを考えているかを知ってもらう機会になればと思っています。

『週刊文春』編集部には、取材時点(2016年10月7日)で完売した号の張り紙が。年明け以降のスクープ連発から、現在もその勢いに陰りは見えない。

—新谷さんは「Yahoo!ニュース」というプラットフォームをどのように見ていますか。

新谷:ガリバーだし、影響力は圧倒的ですよね。テレビ各局や新聞各紙に報じられるよりも、「Yahoo!ニュース」のトップに上がるほうが、情報として拡散されるのは間違いない。テレビや新聞、雑誌に加えて、個人の方が発信するニュースもフラット化されて並んでいるだけに、そのなかから選ばれることにはやりがいを感じます。

ただ我々コンテンツを提供する側からすると、うちのスクープ記事がきちんと評価されてないのではないかと感じることもありますし、そうした場合は即座に抗議もしています。たとえば2016年7月に、三菱東京UFJ銀行が、破綻した船舶会社に不適切な融資をし、幹部を含む複数の行員が過剰な接待を受けていたというスクープをうちがしたんですね。

それを発売前日の水曜日の夕方に「スクープ速報」としてネット上に記事を出しました。そのニュースは「Yahoo!ニュース」さんにスルーされて、翌日(発売日)の朝一番の番組でNHKが報じたんです。それを受けていつものごとく産経新聞が「~月~日までにわかった」という記事をネット上で出し、そうしたらその産経の記事が「Yahoo!ニュース」のトップに上がった。

これはおかしいと、まず産経に電話をかけて「うちが書いたからわかったんですよね」と確認を求め、結局「週刊文春が報じた」と訂正してもらいました。その後、「Yahoo!ニュース」にも連絡して、「うちのほうがオリジナルなんだから差し替えてください」と言って、きちんとした検証のうえで対応してもらったことがありましたね。

有吉:そうした個々の案件では、編集部と密にコミュニケーションをとっていただくこともあるかと思います。我々もテレビや新聞、雑誌、ネットメディアなどさまざまなメディアと契約していることもあり、編集部としてもいくつか判断軸をもって記事を選別しています。

新谷:こうしたニュースで「なぜその事実がわかったのか」「本当の情報源はどこか」といったことは、たぶん「Yahoo!ニュース」さんが思っている以上に我々は敏感なんです。これはと思う記事を出してスルーされれば「なんでこれは掲載されないのか」とかいつも言っていますよ(笑)。

うちとしても、どういう記事なら「Yahoo!ニュース」のトピックスに載りやすいかというのはある程度わかっていて、当事者だけでない相手方の主張や物証のようなエビデンスも記事に入れていますから。そこはもう、ぜひ「共感」を持ってほしいなと願っています(笑)。

・・・続きは、10月31日発売の『編集会議 2016年秋号』をご覧ください。本誌では、「伝えるべき価値のあるニュースとは何か」「メディア戦略における今後のキーワード」「それぞれの戦い方」「今、地方のローカルメディアが熱い理由」についても聞いています。

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