書き手は、最初と最後の一文にすべてをかけよ

文章を読めば読むほど、書く技術は上がる

原稿はフルコースの食事とも似ていて、最初の一口目と最後のデザートの後味こそ、最も重要な部分と言えます。最初の一口目で「もっと食べたい」と思わせ、最後のデザートを食べ終わって「ああ、本当においしかったな」と思ってもらう。どれだけ途中がよかったとしても、最初と最後がダメだと、原稿自体が台無しになってしまいます。

だからこそよくいうのは、「最初の一文と最後の一文にすべてをかけろ」ということ。最後の一文を「目が離せない」とか「これからに注目したい」で締める原稿がよくありますが、あれは本当にもったいない。負けたケンカの最後に「おぼえてろよ」というのと同じくらい、定番で使い古された表現だし、自らオリジナリティを封殺してしまっていると感じます。たいていの場合、書いているほうが目を離してしまっていますから(笑)。

もう少し技法的なことでいえば、たとえば、口語文で用いられる「かぎかっこ」は、なるべく少ないほうがいい。原稿の芯になるべき箇所を「かぎかっこ」の肉声で伝え、地の文で補完するという使い方が効果的です。その際は、取材対象者の言葉をそのまま伝える。地方特有のなまりが入っている人の言葉であれば、平易な標準語に直すのではなく、方言をそのまま生かしたほうが、味が出るはずです。

またノンフィクションでは難しいテーマを扱うことも少なくないですが、難しいテーマはまず問題の前提を読み手にわかってもらわないといけません。ではどのようにその前提を伝えればよいのか。ひとつは、冒頭に描写やファクトを持ってくるやり方があります。「こういう問題がある」と説明するよりも、現場の描写があれば、それがどういった問題なのかが読者に伝わりやすい。その際は当然、描写に使えるような具体的かつ細やかなファクトを取材時にひっぱり出すことも重要です。他にも、一人の人物を登場させ、その人の生い立ちや背景を通じて、徐々にテーマに入っていくといったやり方もあります。

こうした技法を身に付けるためには、当然ながらどれだけ書いてきたかという経験も大きいですが、どれだけ読んできたかも重要です。読み手としてのスキルが上がれば、自分が書いたものを推敲していくスキルも上がっていく。読めば読むほど、「どう書くか」という目が肥えていくんです。よほどの天才は本を読まなくても書けてしまうのかもしれないですが、我々凡人はとにかく良いものを読み続けないといけない。この仕事をはじめた頃は、ぼくも文章を書くのは下手でした。まあ、今もそうですが。それは思えば、基礎ができていなかった。基礎は、とにかく良いものを読み書き続けることで、身に付いていくものです。

連載のような文字数が決まっているノンフィクション原稿だと、ある程度の定番があります。たとえばですが、まずは情景を描く。それからバックグラウンドに入って、周辺の人の証言があり、現在に戻って問題意識をぶつけてフィニッシュする。ときにはあえて定番を崩している構成もありますが、そうした構成のパターンをどれだけ知っているかも書き手としての力量。そしてそれは、これまでにどれだけ読んできたかということなんです。

・・・「たった1回の取材で通り一遍の言葉を聞き出し、わかったように書くというのは人物ノンフィクションの場合は難しい」「真摯に書こうと思えば思うほど、相手が聞かれたくないと思うことも聞かないといけない」「書き手として最もやってはいけないのは、短くわかりやすく伝えたいがゆえに、複雑な事実や本質の部分をそぎ落としてしまうこと」など、続きは『編集会議』をご覧ください。

※本記事は『編集会議』に収録されている記事の一部です。本誌では本記事(執筆編)の他に「企画」「取材」「編集」「分析」の切り口から、売れる“良いコンテンツ”のつくり方について、プロの方々がノウハウを公開しています。

ジャーナリスト/ノンフィクションライター
木村元彦 氏  (Yukihiko Kimura)

アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動をしている。人物ノンフィクションではイビツァ・オシムなどのアスリートから、水道橋博士、板尾創路、 明石康、河野太郎まで幅広いジャンルの人物を手がけている。「オシムの言葉」でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に「すべての『笑い』はドキュメンタリーである」(太田出版)「徳は孤ならず」「橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像」(集英社)。

 

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