コンプレックスは、クリエイティビティを育む
—お菓子屋さんのように、一対一、対面式の広告が、箭内さんの広告のつくり方なんですね。
ずいぶん前、タワーレコードの広告の撮影の時に、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチ(後藤正文さん)が「100人のライブハウスで歌うのも、1万人の武道館で歌うのも、自分にとっては一緒だ」って言っていて。「自分と誰かをつなぐ“一対一”が100本あるか、1万本あるかなんです」という話をしてくれて、とても共感したんです。“マス対マス”、“企業対大衆”じゃない。僕がやっていることって“接客”に近いんですよね。
—幼少期に、今に役立つ体験ができたというのは貴重なことかもしれません。そういう経験って、大人になってもできるものですか?
やっぱり、モノをつくる人間に必要なのは、「一人の時間」だと思うんです。もちろん人と会うことも同じくらい大切ですが、誰かと会うことですべての予定を埋めるだけじゃなくて、一人でぼんやりしてもいいし、本を読んだりしてもいいし、テレビを見ててもいいし、ご飯をつくっててもいい。一人で過ごして、頭をクールダウンさせる。そういう時間が、クリエイティブには必要なんじゃないかな。
もう一つ思うのは、「年の離れた人と話す」ということをしてみてはどうでしょうか、ということ。
僕は子どものとき、大人の顔色を異常に気にしていたんです。どうやったらお客さんが喜ぶかとか、ミスをしたときにどうすれば怒られないで、逆に「かわいそうだ」って同情してもらえるか、とか。年配の人と話す技術が卓越していきましたね。同世代から見たら、僕は自分の本心を言わない嫌な子どもだったと思います。でも、そのときの体験によって、プレゼン力の土台が培われたんじゃないかとも思うんです。
だから、今からでも、同世代とばかり付き合わないというのを意識してみてはどうでしょうか。上でも、下でも、年の離れた人と話すことは大切です。
「渋谷のラジオ」は、そういう場にしたいと思っているし、世代や肩書きを超えた仲間、上でも下でもない関係性の人が集まる場が、これから必要になると感じています。「釣りバカ日誌」の浜ちゃんとスーさんみたいなね。
—逆に「お金がなくて損をした」「お金があればできていたのに…」と感じることは、どんなことですか。
損したと感じるのは、やっぱりたくさん遊ばなかったことじゃないですかね。そのせいで、遊んでいる人を羨むばかりか、一時期すごく憎むようになってしまいました。まったくもって余計な感情です(笑)。「遊んでいる人は堕落した人間だ」なんて、極端な考えになってしまって、それによって、誤ったワーカホリックみたいになっているのかも……。家族4人、全員で外食したことも、旅行したこともなくて、そんな自分を納得させるために「そういうのに行くヤツは甘ったれてる」っていう思考になっていくんですよね、どうしても。
そんな家から、藝大に行くために3年間も浪人をさせるなんて、かなりキツかっただろうと思います。金銭的にも精神的にも、母方の親戚の助けも大きかったです。「みんなをいつかハワイに連れて行くから、許して」って、当時の僕は言い続けていて、それをようやく叶えられたのが2011年のお正月。やっと母親と叔母2人をハワイに連れて行くことができました。僕らだけで行くのは恥ずかしいから、社員たちにもそれぞれの親を連れてこさせて、“親孝行プレイ”をする社員旅行にしたんですけどね。